正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

三昧境について:8

大乗は、万人に仏と同じ阿耨多羅三貘三菩提を得ることを究極の目的とさせ、発心したすべての修行者を、悟る前の釈迦と同じ「菩薩」と呼びました。

この菩薩の階位もいろいろあり、『般若経』では四位、『華厳経』では四十二位が並び、『梵網経』では五十二位あります。それぞれ成仏までの目安としての階梯です。大乗仏教では人間にもともとそなわっている仏性を自性清浄涅槃、生死と涅槃を超えての涅槃を無住処涅槃ともいい、あくまでも一切衆生救済の「慈悲行」をその修業の旗印とします。

「慈悲は是れ仏道の根本なり。所以いかんとなれば、菩薩は衆生が老病死の苦、身苦、心苦、今世後世の苦等の諸苦の悩むところを見て大慈大悲を生じ、是の如きの苦を救って、然る後に発心して、阿耨多羅三藐三菩提を求む 。

また大慈悲力を以ての故に、無量阿僧祇世の生死の中において心厭没せず、 大慈悲力を以ての故に、久しくして涅槃を得べくして而も證を取らず。 是を以ての故に、一切諸仏の法の中にて慈悲を大と為す。若し大慈大悲なけれ ば便ち早く涅槃に入る。
また次に、仏道を得る時、無量甚深の禅定、解脱、諸の三昧を成就し、清 浄の楽を生ずるも、棄捨して受けず、聚落城邑の中に入って、種種の譬喩因縁もて説法し、其の身を変現し、無量の音声もて一切を将迎し、諸の衆生の 罵詈誹謗を忍び、ないし自ら伎楽をなす、みな是れ大慈大悲の力なり。」(龍樹菩薩・大智度論)

という理想を掲げて菩薩道に邁進するのですが、涅槃に入れるにもかかわらずそれを拒否して無住処涅槃として何度も輪廻を繰り返すようです。

初期仏教では貪欲の滅尽、瞋恚の滅尽、愚痴の滅尽つまり三毒がなくなった状態を涅槃と定義され、釈迦は肉体は残しつつ涅槃状態であることを有余涅槃、肉体が消滅してからの涅槃を無余涅槃と言います。