正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

三昧境について:9

初期仏教の悟りの階梯には「四沙門果」という修行者が得る四つの結果・四段階の定めがあります。それは預流果、一来果、不還果の順に一つずつ段階を進み、阿羅漢果で完成します。

大乗仏典にこの考えは実はパクられています。言葉で言えばいつかは完全な悟りを開くことが決定した「不退転・正定聚」の位は、四段階の最初・預流果に当たり、次に生まれ変わる時はそのまま悟るとする「一生補処」の位は、第三段階の不還果の影響を受けてます。

大般涅槃経では、「四沙門果」の階梯は以下のように反映されています。

●預流 → 聖者の流れに入る。(七回転生すれば解脱)
●一来 → 一度だけ生まれ変わる。
●不還 → 二度と生まれ変わらない。
阿羅漢以外の3つがこの順で示され、「不還」が、そのまま涅槃到達(阿羅漢果)を意味しているなど随所に初期仏典の悟りの階梯を模した表現が見られます。

しかし、このままでは初期経典の模倣となるので、以下のように阿羅漢などの意味を大乗菩薩の悟りと比較して劣るように操作されています。

大乗経典の『涅槃経』四依品では、これらの声聞衆と凡夫を人四依として挙げて、仏滅後の末世(すなわち末法)において正しく依るべき4種の人(四種人)としている。また、小乗(二乗)を批判して形成されたのが大乗仏教であるが、『涅槃経』においては、これら二乗を大乗の菩薩と同視するのが特徴である。
須陀洹・斯陀含は、もし正法を得れば正法を受持し、如来より法を聞けば書写・受持・読誦して他のために説く者で「すでに受記を得た菩薩」とする。
阿那含は、世間法に執られず大乗を説き、相続して絶えず永く欲を離れ、臨終の日に畏怖を生ぜず、再び欲界に還らず、すでに受記を得て、「久しからず悟りを成じる菩薩」とする。
阿羅漢は、菩薩の十地の境涯に住し、仏道を成ぜんと欲せば、いつでも成仏することができ、実は「如来と異なるところはない」とする。(四向四果・ウィキペディア

これが定説となり、日本に伝わった時には阿羅漢=小乗の小さな悟りとなったんです。