正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

三昧境について:14

座禅や瞑想では、心の働きを観察するときの心を結びつける対象はカンマッターナ(業処)と名付けられました。この業処は、初期仏教や上座部では四つに分類されています。
身体の動き(身)、苦楽などの感受(受)、 心の働き(心)、誰もが持つ心の働き(法、一般には五蓋[ごがい]と五蘊[ごおん])の四つです。

心を何かの対象に結びつけるという修行方法は、観ともいいますが、パーリ仏典の中に登場する言葉では念処といい、上座部仏教ではその対象として全部で四つを数えて「四念処」とします。

最初は集中するには感覚だったでしょうが、具体的に言葉で確認し(ヴイヴァッサ)体の各部の観察や、瞑想中の心の動きも言葉化して対象として使われるようになりました。
この際に短い言葉を唱えることも、文章に心を結びつけることも、基本的には同じ事で中国で始まり日本で盛んに行われる称名念仏や唱題もこういった観察行為の発展形です。

呼吸の観察で、入る息、出る息と気づいていたときに、「風のような空気の流れがあって、それが気づかれる対象になっている、 気づいているのは心の働きであって、名前を付けているようなものだ」と感じ取られる瞬間が訪れますが、これが名色の分離です。この時の「名」は、まさに言語機能でして、判断、了承、 分別をする心の働きです。ここでは、色は捉えられる対象であって、すがた、形です。
実は、ここから心の微細な働きを区分する方向の観察が可能になります。そして、五蘊と呼ばれる心の働きが見て取られるようになります。それは、私たちが何かを認識するというのは、 外界の刺激を受けて、心の中に捕まえられる対象としての影像ができて、それを「何々だ」と 判断しているのだということが明らかにされることでもあります。(蓑輪顕量氏・上座仏教と大乗仏教の瞑想)