正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

三昧境について:20

仏教の最初期の瞑想は心を一つの対象に振り向けて観察していることの状態を言いますが、意識が業処(心のなかの様子)を観察している止も観も、業処を 観察していることには変わりなかったようです。

上座部などでは次から次に浮かんでくる妄想を複数であっても、観察意識はそれを判断・了別・否定せずに、いわゆる無分別の状態を目指して、複数の妄想を観察し続けていくことを了としますが、大乗の瞑想は一つ一つの妄想を観察すことに注意を向けるようです。

摩訶止観」の特徴には、「止」に関して「四種三昧」を、「観」に関しては「十境十乗観法」や「一念三千」を説く。

「十境十乗観法」は、観察の対象を「十境」に分類し、観察の方法を「十乗」に分類し、その組み合わせ全体で100種類の観察を行う観法です。
「一念三千」は、一つの心の中に、「十法界」、「三界」、「十如是」を組み合わせた3000の性質を見るという観法です。(摩訶止観)

 ただし、この修行法は天台大師も開発したものの、悟りを得る修行者が居なかっただけでなく脱落者も多くでたようです。

大師の思惑は法華経の諸法実相を分析的に捉えて座禅(瞑想)を通してその一つ一つを観察する、つまり諸法の実相体得アプローチのようです。

ところが、なかなか難解で達成者がでない現実に、もうすこし易行面を整えた仏の名前を繰り返し唱えるという形式を導入したりしています。

これは中国に仏教が伝えられて、変化を受けた点の一つで、いわゆる称名念仏ですが、念仏を唱えることも、止の瞑想であると位置づけられます。

天台宗の90日間阿弥陀仏の周りを回りながら念仏を行う常行三昧(仏立三昧)の修行もこういう背景があります。