正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

三昧境について:22

中国の「気」の導入が日本に伝わった際にそれが道教の思想と分からずに受容されて随分混乱したようですが、平安時代神道儒教、仏教、陰陽道、山岳宗教は渾然一体でしたので、日蓮の遺文にも道教の「気」を仏教思想と勘違いした例が沢山見出されます。

「仏法を知る智者は国の人に捨てられ守護の善神は法味をなめざる故に威光を失ひ利生を止、此の国をすて他方に去り給い、悪鬼は便りを得て国中に入り替り大地を動かし悪風を興し一天を悩し五穀を損ず故に飢渇出来し人の五根には鬼神入つて精気を奪ふ是を疫病と名く」(唱法華題目抄)

「三玄とは一には有の玄・周公等此れを立つ、二には無の玄・老子等・三には亦有亦無等・荘子が玄これなり、玄とは黒なり父母・未生・已前をたづぬれば或は元気よりして生じ或は貴賤・苦楽・是非・得失等は皆自然等云云。」(開目抄)

「檀戒等の五度を制止して一向に南無妙法蓮華経と称せしむるを一念信解初随喜の気分と為すなり是れ則ち此の経の本意なり」(四信五品抄)

「所詮修多羅と云うも文字なり文字は是れ三世諸仏の気命なりと天台釈し給へり」(諸宗問答抄)

「 麻利支天女 大日天 乗輅車 九曜 毘誓耶 后 七曜 二十八宿 大月天 乗鵞 十二宮金光明経に云く「日の天子及以び月天是の経典を聞き精気充実す」(日月の事)

「身体臭穢にして悪瘡・膿血・水腹・短気・諸の悪重病あるべし」(釈迦一代五時継図)

これらは一部ですが、日蓮にはさらに陰陽道の五行に関した思想を仏教の五大として捉えた遺文もあり、諸宗は無得道と批判しながら儒教道教・仏教を同じものとして受容していた鎌倉期の混乱がよく分かります。