正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

三昧境について:28

日本に仏教が伝わった後、禅なる習目が伝わるのは七世紀の半ば、中国で玄奘三蔵に従って法相を学び、 帰朝後は飛鳥の法興寺に住した道昭だそうです。

道昭の伝記には禅観に入ると「三日に一度、または四日に一度、立ち上がるだけであった」 という記述が出てきます。これはずっと座ったままということで、微動だにしなければ「滅尽定」を想起させます。

滅尽定の中では、心のあらゆる動きが全く止滅している(意識がない)ので、当然ながら滅尽定から醒めることを意識することもできない。滅尽定の間は心のはたらきは何もなく、瞑想の最中に出定しようかなどと考えることもできないのである。
ではどうやって滅尽定から戻ることができるのかということだが、あらかじめ、いつ滅尽定から醒めるかを決めておくのである。決められた期間後に、滅尽定から醒めるのである。そうでないと禅定から醒めなくなってしまう。
滅尽定の状態のままで居続けられる期間は、最長七日間といいます。

道昭の座禅は大体三、四日、長くて一週間くらいその状態にあると記録されてますので、ひょっとすると阿羅漢果(滅尽定)を得ていたのかもしれません。ちなみに禅定(サマーディー)の9段階(九次第定)を表しますと以下の次第になります。

1、あれこれの思考はまだはたらいているが、世間の煩わしさから離れることによる喜びや幸福感がある。(山奥で坐禅すれば、こんな境地にはなれる)
  
2、思考の作用がなくなり、三昧による喜悦、幸福感がある。
  心が禅定三昧に入った最初の段階。

3、4、喜悦や幸福感もなくなり清らかな平安な境地にいたる。

5、(空無辺処)対象に対するすべての想念が無くなり、虚空の無限性を観ずる境地。

6、(識無辺処)心の無限性を観ずる境地。宇宙と一体感

7、(無所有処)心だけ、ということさえ意識しない「何もない」状態の禅定です。

8、(非想非非想処)意識はおろか、意識しようとする衝動「想」さえ起こさせない意識的も無意識的もない境地。

9、(滅尽定)あらゆる煩悩を滅し尽くし、心のはたらきが完全に尽きた阿羅漢の境地。

 

経典には樹下で想受滅に入っていたあるお坊様を見た町の人が、そのお坊様が亡くなったのだと思い込んで火葬にしようとして、動かない身体の周りに薪を積んで一昼夜燃やし、翌日骨を拾いに行ってみたら、ちょうど想受滅から出定したお坊様が身体に付いた薪の灰を払い落としているところに出くわして腰を抜かしたという出来事が記録されています。