正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

浄土はどこにある?:3

浄土信徒でなくとも阿弥陀仏の住処である極楽浄土を称える経典は多いですが、法華経にも以下のようにあります。

「もし人あってこの薬王菩薩本品を聞けば、無量の功徳を得るであろう。もし女人がこの薬王菩薩本事品を聞いて 信じれば、女人としての最後の生となるであろう。もし末法の世に、女人がこの経を聞きその教えの通りに修行すれば、命尽きてのち、 阿弥陀仏の世界に行き、菩薩たちに囲まれ、蓮華の法座の上に生まれるだろう。愛欲、怒り、愚痴に悩まされず、また自惚れ、嫉妬 にも囚われず、菩薩の神通力と不生不死の法を得るだろう。眼は清浄になるだろう。

この清浄な眼で七十二のガンジス川の砂の数 に等しい仏を見るだろう。諸仏は最高の賛辞を以って賞賛するだろう。」(薬王菩薩本事品第二十三)

赤文字で末法のことをピックアップしましたが、こういうことですね。原始仏教では女性だからという規定はないですが、大乗仏典になると女人は成仏が難しいと言われた時代感覚を見事に反映しています。

先の赤文字も現実の仏である釈迦牟尼世尊のいない法華経が登場した時代、いかに仏の指導を得て、成仏の保証を得るかと考えたところから希求された証です。

阿弥陀仏は紀元前後に既に念仏を唱える修行とともに生まれてきたシンボルですが、この世のように善と悪が混在した世の中ではなかなか禅定が完成しないので、静かで心を乱すものがない世界、つまり天界・あの世(この場合は浄土)へ生まれ変わ理ましょう。

そこで自己の修行を完成させて解脱を目指すのですが、一般的に極楽浄土への往生は、そこに生まれる業の力で化生すると言います。浄土信徒では阿弥陀如来の願力にまかす信心です。浄土への化生は蓮華化生といい法華経薬王品でも「蓮華の法座の上に生まれるだろう。」とある通りです。