正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

浄土はどこにある?:5

日蓮の遺文に見る浄土観は微妙でして、大方の見解は「娑婆即寂光」とあるように、寿量品から考えられた「在(あ)る浄土観」(而も実には滅度せず 常に此に住して法を説く・法華経)であったようです。初期遺文では守護国家論にそれが見えます。

「問うて云く法華経修行の者何れの浄土を期す可きや。答えて云く〔中略〕本地久成の円仏は此の世界に在り。此の土を捨てて何れの土を願う可きや。故に法華経修行の者の所住の処を浄土と思う可し。何ぞ煩しく他処を求めんや。〔中略〕法華涅槃を信ずる行者は余処に求む可きに非ず。此の経を信ずる人の所在の処は即ち浄土なり」(守護国家論

しかし中期には「成(な)る浄土」へと思想がすすみ、この娑婆を浄土にしなければいけないという考え方(代表的には立正安国論)に変わっています。

 

観心本尊抄』の「今本時の娑婆世界は三災を離れ、四劫を出たる常住の浄土なり。仏既に過去にも滅せず、未来にも生ぜず。所化以て同体なり。これ即ち己心の三千具足三種の世間なり。」また、『報恩抄』では「極楽百年の修行は穢土一日の功に及ばず。」と述べられて、妙法蓮華経の五字七字を受持する者達の住処が則ち浄土であるということを説いています。

末期になると「往く浄土」が設定されて霊山往詣となり、即身成仏の行者が本来ある寂光浄土へ帰っていくこととなり、浄土宗の西方浄土と微妙な差異を設けています。

「人ごとに念仏申して、浄土に生れて、法華経をさとらんと思ふ故に、穢土にして法華経を行ずる者をあざむき、又行ずる者もすてて念仏を申す心は出て来るなりと覚ゆ。謗法の根本此の義より出てたり。法華経こそ此の穢土より浄土に生ずる正因にては侍れ」(題目弥陀名号勝劣事)

さすがの現実改革による浄土化も信者の要請により「師弟共に霊山浄土に詣でて、三仏の顔貌(げんみょう)を拝見したてまつらん。」観心本尊抄副状)と来世の安心を説かざるを得なかったようです。

初期の信者たちも徐々に年齢も高くなり、娑婆即寂光という理念だけでは納得できなかったので、徐々に来世の事を説くようになったと遺文の時系列を検証すれば、理解できます。

他にも「霊山(りょうぜん)への契約にこの判を参らせ候」(遠藤左衛門尉殿御書)はまさに法華経信仰の来世霊山往詣への期待を残しています。