正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

施しを当てにする集団?

修行者が肉食をすると「食肉鬼の種族に生まれる」とか「賎民の種族に繰り返し生まれる」とか「狂乱した者として生まれる」とか楞伽経には極めて肉食の害が説かれています。

それで食をつなぐために菜食に傾倒したのか、というとそうでもないようです。

「ある尊敬すべき沙門・バラモンにして、信施の食によって生きているのに、しかも、たとえば、根より生ずる種子、幹より生ずる種子、節より生ずる種子、枝より生ずる種子、そして種より生ずる種子というがごとき、いろいろの種子やいろいろの樹木を伐採することに余念のないものもあるのに、そのようないろいろの種子やいろいろの樹木を伐採することを慎む。

これもまた、比丘の戒の一部をなすものであります(増谷文雄訳・阿含経典)」

出家の場合は農耕に従事したりすることも禁止だそうで、あくまでも在家者の「施し」に依って生活することを前提とするようです。

そういう人頼みの依存生活ですから、釈迦は余計に僧侶の行体には厳しく、立ち振舞まで在家者の視線を意識した戒律を設けたようです。

この当時の出家者って今で言えばプータローのニートなんですが、社会機構から脱落して集団をなして「信施」に依って生きていることをちゃんと自覚していたようです。

その辺りが妻帯もして、肉を食べ、信者に金の供出の割当など会社経営なみの寺院の今の坊さんと「説法に対して対価を受け取らなかった」お釈迦さんの集団との違いがありますね。