正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

書いてあっても、見ないふり

仏説観普賢菩薩行法経には日蓮系がよく使う折伏という言葉があります。

「心根は猿猴の如くにして 暫くも停まる時あることなし もし折伏せんと欲せば 当に勤めて大乗を誦し 仏の大覚身力 無畏の所成を念じたてまつるべし」(観普賢菩薩行法経)

この経典で説かれる所の「折伏」は正法を勧めて謗法を呵責するというあの折伏ではなく、自分自身の悪を正すこととして使われています。

この経典は懺悔が主体で六根清浄をそのキモとしますが、一部の日蓮系の方々は、「我々の折伏という行為が慈悲行」とか、「折伏による広宣流布こそが、もっとも仏道修行にかなったこと」とかいうのかもしれないが、それは大きな勘違いであることがわかります。

とにかく自分達の心の状態を見ることもなく、その心とは猿のように暴れて落ち着きが無いものとも知らずに、悪しき心を静めることもなく外の世界をみて心動いて猿どころか、ゴリラのような悪心で望んでいるので困ったものです。

日蓮遺文にもこの経典からの引用で「一切の業障海は。皆妄想より生ず。若し懺悔せんと欲せば。端坐して実相を思え。衆罪は霜露の如し。慧日能く消除す。」(御義口伝・普賢経五箇の大事)と引いているだけで、その後の「是の故に至心に六情根を懺悔すべし。」 を外しています。

「衆罪は霜露の如く慧日能く消除す」とは、御本尊に題目を唱えることによって、自然に一切の罪業を消滅し、根本的に生命を浄化していくことができると申されているのである。(正宗系ブログより引用)

この経典ではちゃんと「但当に大乗を誦し。法の空無相を観ずべし。」 と書いてあるんですがねぇ。