正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

仏の滅度後の行法

「観普賢菩薩行法経」には 「釈迦牟尼仏を毘盧遮那遍一切処と名づけたてまつる。その仏の住処を常寂光と名づく」とありましたが、日蓮の初期の遺文にも伺えます。

「釈迦如来は是三千世間の総体、無始より来(このかた) 、本来自証無作の三身、法々皆具足して欠減有ること無し」と。文に云はく「如来秘密神通之力」と。観普賢経に云はく「釈迦牟尼仏を毘盧遮那遍一切処と名づ け、其の仏の住処を常寂光と名づく」文。」(今此三界合文・文応元年)

六老僧の一人日興の末流日蓮系の大石寺の日道という方の書物にこういうのがあります。

日蓮聖人云ク本地は寂光、地涌の大士上行菩薩六万恒河沙ノ上首なり、久遠実成釈尊の最初結縁令初発道心ノ第一ノ弟子なり。(日道・三師御伝土代)

 前にも触れましたが、地涌の菩薩等の住所は寂光土だそうです。で、それはいいのですが、肝心の「観普賢菩薩行法経」に説かれたこういう箇所はすっ飛ばしです。

◎仏、阿難に告げたまわく、
「仏の滅度の後、仏の諸の弟子若し悪不善業を懺悔することあらば、但当に大乗経典を読誦すべし。此の方等経は是れ諸仏の眼なり。諸仏は是れに因って五眼を具することを得たまえり。仏の三種の身は方等より生ず。是れ大法因なり。涅槃海を印す。此の如き海中より能く三種の仏の清浄の身を生ず。 此の三種の身は人天の福田、応供の中の最なり。
其れ大乗方等経典を読誦することあらば、当に知るべし。此の人は仏の功徳を具し、諸悪永く滅して仏慧より生ずるなり」。

◎「大乗を誦し 法の空無相を観ずべし 永く一切の悪を尽して 天耳をもって十方を聞かん。」

◎「一切の業障海は 皆妄想より生ず。若し懺悔せんと欲せば 端坐して実相を思え。衆罪は霜露の如し 慧日能く消除す。是の故に至心に 六情根を懺悔すべし」

 

はっきりと「仏の滅度の後」とあって「法の空無相を観ずべし」と書いてあって、題目唱えろなんて無いんですけどね。