正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大乗の捨身の精神

大乗仏典には菩薩の修行者の要諦として捨身供養というのが見られます。所謂身の供養ですが、釈迦のジャータカもそのエッセンスがてんこ盛りです。この常啼菩薩の説話もそのスピリッツを受け継いでいます。

そのとき、一部始終を見ていたある長者の娘が走り寄って来て、なぜそんなことをするのかと尋ねた。サダープラルディタが自分の思いを説明すると、長者の娘はこう尋ねた。

「自分の身体を売ってまでダルモードガダ菩薩というお方に供養して、あなたにどんな利益があるのですか?」

「その菩薩から私は、智慧の完成と巧みな方便についての教えを聞くのです。そしてその教えに従って学ぶことによって、やがて無上の悟りを得ることでありましょう。私はブッダの無上の智慧、無上の法の宝を得て、すべての衆生にそれを分かち与えたいのです。」

 すると、智慧優れたその長者の娘は、こう言った。

「あなたが今おっしゃったことは、まことに希有な、麗しいことであります。
 そのような法を聞くためには、たとえガンガーの河原の砂粒ほどの回数、この命を捨てたとしても、しかるべきことであります。
 しかし今、私の家には多くの財産があります。それらをことごとく差し上げましょう。どうぞそれをもってダルモードガダ菩薩に供養なさってください。私もあなたと一緒にダルモードガダ菩薩のところへ参って、清らかな法を承るために、ダルモードガダ菩薩に供養させて頂きたいと思います。」

 そのときインドラ神は、自分の本当の姿を現して、こう言った。

「素晴らしいことだ、友よ。おまえは真に深い志から、このように振る舞った。かつて諸々のブッダたちが菩薩だった頃も、おまえのように振る舞って、ついに無上の悟りを得られたのだ。私は心臓や血や骨髄が欲しかったわけではない。ただおまえの志がどれほどのものであるかを試してみただけである。」

 そしてインドラ神は、血まみれになったサダープラルディタの身体をもとに戻すと、忽然と姿を消した。(般若経・常啼菩薩)

一応常啼菩薩は、マゾの修行だけでなく、この後に般若経典ですから待ち望んだダルモードガダ菩薩から空の思想が説かれるのですが、 それは「友よ、このように如来および法について、来ることもなければ行くこともなく、生ずることもなければ滅することもないと見る人は、必ず無上の悟りに至り、智慧の完成と巧みな方便に達することであろう。」というものです。