正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

捨身信仰の淵源

よく日蓮系では念仏は世をはかなむといって自殺願望がどーたらと批判してます。でも捨身供養や焼身供養というのは法華経にもあります。先ず、捨身・焼身を説く経典は『金光明経』の摩詞薩唾太子の捨身飼虎、『涅槃経』の雪山童子の捨身羅刹が有名で広汎に知られたものは、「法華経」薬王菩薩本事品に説かれた喜見菩薩の焼身供養の話です。

そこで舎利塔を建て、その前で自らの両臂を燃し、その光明をもって長い間、供養いたしました。
その功徳によって、無量の人々が菩薩の心を体得し、常に他のため、心を運ぶことに集中できる力を得ました。その後、喜見菩薩は誓願によって仏となり、両臂も回復しました。(法華経・薬王菩薩本事品)

この菩薩の修行を現代ではそのまま行うのではない、と法華系の人がよく弁解しますが、中国の六朝時代から随・唐時代の捨身は、多く法華経行人によつて占められていたと言われています。

我が国でも 『本朝法華験記』には捨身・焼身の話を多く載せていることを推察する と、法華経の実践修行として実際に捨身、焼身供養が行なわれた考えてもおかしくはないです。

文献上の日本最古の捨身供養は、『日本霊異記』(下巻・第一)にみえる禅師で彼は常に法華を読誦し、麻の縄で足をしばり、崖に身を投じたと伝えています。

また 『本朝法華験記』第九話に見える、熊野那智山の応照は、日本最初の焼身者 といわれ、法華を読誦することを毎日の行となし、喜見菩薩を恋慕随喜して焼身したと書かれています。

さらに同書第十五話の薩摩国一沙門も、千部の法華経を読誦し、喜見菩薩に習って焼身したと記しています。

また別本の記録書『元亨釈書』 (巻十二)にみえる信州戸隠山の長明も、法華経を日々誦し、一切衆生喜見菩薩と言って焼身自殺した。

このように、我が国の捨身、焼身は、喜見菩薩へ恋慕の思いに倣ったものが多く、勿論これは「法華経・薬王菩薩品」への信仰から出ているものが、その大半と言われています。