正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

罪障消滅の法華経

日本で著された法華験記には仏教学者の中尾正美氏によると「宿因」「宿縁」「宿報」という言葉が非常に多いそうです。

例えば第十八持経者・蓮寂仙人は 「宿縁の追ふ所」比良山に住したとあり、又第四十八話法 蓮法師は 「宿因の引くところ」頃年法華経を受持したという。
現世の果を以て過去世の業の報いとする仏教的因果論は鎮源の生きた時代にすでに 一般化して、ここに上げた表現の如きも常套語日常語と化した結果、 文字通りの思想的内容が意識されて使用されているとは言い切れない面もあろう。しかし他の同種の往生伝、説話集とくらべてこれらの用語の頻繁な使用は矢張り本書の特徴の 一とすべきであり、三世因果の理、 輪廻転生思想の本書における位置、引いては編者・鎮源の宗教的性向を物語る一例と見て良いであろう。(中尾正美氏・法華験記の罪業観)

なぜ大乗仏典あまたある中で法華経のみが罪障消滅に関係、支持されたのか、という問題があるのですが これについて時代背景があるようで、増尾聡哉氏の「『日本霊異記』における『法華経』の位置について」によると

八世紀頃の護国経としての『法華経』の地位の確立と、その時代背景法華経滅罪説話群が749年以降に集中的にあらわれるという点が大きいようです。

741年の勅をスタートとする「国分尼寺が『法華経滅罪之寺』と名付けられる事によって、滅罪の経典=法華経としての捉え方が民間にも浸透していった事の反映が現れているものと考えるべき」増尾聡哉氏は述べています。

つまり国家が決めた律令制度のうち、東大寺をはじめとする仏教施政の一環で東大寺を中心とする地方の国分寺が発展する中で法華経=滅罪の経典としての捉えが定着したようですね。