正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

涅槃経に見る理想と実際

話を元に戻して、断食のなかには日本では特異な塩を断ったり「断穀」という穀断ちが有りますが、この修業についてこういう論考があります。

「断穀」行は、穀物類の摂取を断ち、もっぱら草や木の実を食べる行を指すが、高僧伝類等には「蔬食」と記されることが多い。「蔬」とは「粗末」の意味ととも に、「野菜類」をさす場合にも用いられる。

また「菜食」という表記もいくつか 見られるが、この「菜」は文字通り野菜類の意であり、「蔬食」も「菜食」もともに不殺生という理念に基づき肉食を禁ずる『涅槃経』や『楞伽経』等の経典 の翻訳以来、中国仏教界に広まっていったと考えられている菜食主義にしたがった宗教行動とも考えられる(法華経と苦行と滅罪・荒井しのぶ氏)

不殺生戒= 肉食回避は仏教僧では当然のことだと思うのですが、中国でも日本でもそうではなかったようです。中国でも破戒僧は問題とされていて、418年以降に漢訳された何種類かの各種『涅槃経』翻訳以降においても、いわゆる菜食とされる僧侶の食関係の宗教戒律が増加しているわけではないそうです。

これはどういうことかといいますと、荒井氏は「涅槃経等の肉食を禁止する経典は、仏典としては広く受け入れられたものの、『高僧伝』、そしておそらく『続高僧伝』の時代にも、その肉食禁止の理念はじつは我々が考えるほど徹底かつ厳重に守られた実践とは未だなっていなかったと考えられる」と僧侶の肉食がルーズだったと言及されています。

ま、やっぱりな、という感慨ですけどね。