正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

過激な大乗修行

さてまたテーマに戻って、断食もそうですが日蓮のような過去の滅罪を経て成仏という果報にあうために難行苦行を課せられる法華修行は、中国天台宗の南岳慧思の時代から弟子といえども尻込みするような過激さだったようです。

懺悔の行法が実は断食行と同じように苦行の属性を持つと観念されていたと推測される点である。「慧思伝」におい て以下のエピソードがある。
慧思が、その臨終に際して集った弟子達に対して、「もしこの中で10人、身命を惜しまず、常に法華、般舟、念仏三昧そして方等懺悔など、常坐苦行を修する者がいるならば、自分もその助けをし利益し合おうと思う。しかし、そのような弟子がいないのであれば、私は遠く去るであろう」と聞いた。それらの苦行が難事であることから、弟子達は怖じ気づき、慧思の申し出に答える者は誰一人いなかった。そうした中、慧思は眠るように亡くなった。(法華経と苦行と滅罪・荒井しのぶ氏)

この慧思が行った修行法は法華三昧、般舟三昧、念仏三昧そして方等懺悔というそうです。後に弟子の天台大師(智ギ)によって四種三昧として確立された懺法だそうですが、天台大師の『摩訶止観』のなかでは三昧行を常坐・常行・半行半坐・非行非坐の四種に分けていて、そのうちの常行三昧(堂のなかを廻りながら念仏を唱える)とは般舟三昧にあたるのですが、慧思の段階ではいずれも常坐を行儀とする懺悔の法だったようです。

『観虚空蔵菩薩経』には「此の人苦行力に因るが故に、罪業を永に除く」と説かれており、断食行を含む苦行が法華経 の<霊験>や仏菩薩の<摩頂>や<好相>が修行者の前に現出すると信じられていたようです。

ま、途中で死人も多く出たようで、成仏修行は大乗でも大変です。次回から法華験記に見る日本の例を上げてみます。