正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

滅罪力=治罰も強い

過酷な法華修行ですが、こういうのを必ず邪魔する輩が仏典でも登場します。実際にもそういうことは有ったようで、敵対勢力に治罰があると経典でも警告されていますが、これ、日蓮系の得意技です。

★犬養宿禰真老が乞食する沙弥を殴打して悪死。

★「延暦四年」(785)紀直吉足が、乞食する沙弥を殴打して、護法神により悪死。

この一覧を見ると、『法華経』の関与しない仏法敵対悪報譚は、上巻全3話、中巻全4話、下巻全3話と、年代記述を持たない「昔」とのみ記される時代から延暦年中にいたるまで満遍なくあらわれている。

このことは、『法華経』が滅罪思想と結びつくより以前に、仏法敵対悪報譚はポピュラーな教化のモチーフであったことを示していよう。法華滅罪譚が八世紀後半以降に形成されるようになると共に、それと対になる形で、法華経誹謗者に対する悪報というモチーフの護法刑罰譚が形成されていったのではないだろうか。(日本古代の法華経滅罪信仰の形成と民間への浸透について・アップル荒井しのぶ氏)

 これらに見いだされるように、法華経は滅罪の経典でもあるが、敵対勢力には強力な護法善神からの治罰が有るという説話も見逃せません、もちろんそれはかなり誇張されたお話(創作)なんですが・・・。

★上15  (年代記述無し)乞食の僧を責め脅かした愚人が悪報を受ける。
★上27  (年代記述無し)外見のみ沙弥の姿をした男が、仏塔を壊して燃やすなどして悪死。
★上29  (年代記述無し)白髪部猪麿が、乞食の僧を責め、その鉢を割って、悪死。
★中1  「天平元年」(729)長屋王、乞食の沙弥の頭を打った悪報で自害。
★中7  「天平十六年」(744)行基を誹った罪で、智恵第一の智光が地獄で罪苦。
★中11  「聖武天皇の御代」(724-749)文忌寸が僧への誹謗と邪淫によって悪死。
★中35  「聖武天皇の御代」(724-749)宇治の王が法師を殴打して、護法神により悪死。
★下14  「神護景雲三年」(769)浮浪者を取り締まる役人が、千手の呪を誦持する行者を迫害して悪死。
★下15  「帝阿倍の天皇の御代」(749-758/764-770)犬養宿禰真老が乞食する沙弥を殴打して悪死。
★下33 「延暦四年」(785)紀直吉足が、乞食する沙弥を殴打して、護法神により悪死。(日本霊異記・上中下巻)

これをマジに信じたのが日蓮系の法華治罰のストーリーですね(藁)