正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

ホントに分かっていたのかな?

今昔物語が示唆する仏教本来のあり方は、いまでも十分通じる話だと思いますけどね。でも、教団指導者がライバルや離反した人に投げかける言葉は、とてもではないですが、真理を体得した人の謂とは思えない発言が多いです。

「長老忍性速かに嘲哢の心を翻えし早く日蓮房に帰せしめ給え、若し然らずんば人間を軽賎する者白衣の与に法を説くの失脱れ難きか、依法不依人とは如来の金言なり、

良観聖人の住処を法華経に説て云く「或は阿練若に有り納衣にして空閑に在り」と、阿練若は無事と翻ず争か日蓮を讒奏するの条住処と相違せり併ながら三学に似たる矯賊の聖人なり、

僣聖増上慢にして今生は国賊来世は那落に堕在せんこと必定なり、聊かも先非を悔いなば日蓮に帰す可し」(日蓮極楽寺良観への御状)

この手紙は、鎌倉時代生き仏と言われた律宗極楽寺良観)の僧侶のもとへ偽善者だと罵る日蓮の弟子が持って行ったらしいですが、受取拒否で到達しなかったそうです。しかし内容はとても宗教者の手紙とは思えません。こういう心境を今昔物語からテキストとして探してみると。

殺生譚が顕わにするのは、衆生が内なる本能あるいは根本衝動によって我と 我が心を損ない、果てしない持続的苦の構造へと嵌り込む過程であり、その必然性である。自らの生命を脅かす者に遭うとき、衆生の心は自ずから嫌厭反応を起こし、瞋恚の悪念に汚されずにいない。

殺生をなした者も、自業と相手の悪念との双方に引かれて次には殺される側となり、死に際の心を瞋恚の悪念で汚さずにはいない。心の汚れの発生には、他者との関係、他者の諸行為も関わるが、本源をたどれば、自らの生命への愛執が原因・起点と見るべきである。( 柏木寧子氏・『今昔物語集』天竺部における釈迦仏ならびに衆生の理解)

結果的に日蓮佐渡に流され、極楽寺良観は淡々と救済事業をこなし、幕府の指名で蒙古調伏や雨の祈祷を仰せつかって、後には功績をたたえて後醍醐天皇より忍性菩薩の尊号を勅許されたそうです。

さらに罵倒していた日蓮の助命嘆願も幕府に為すなど、慈悲にも厚かったようです。