正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

仏の顔も三度

お釈迦さまの故事で殺生に関する一番の出来事は、在世の釈迦一族の滅亡です。かい摘んで案内しますと、釈迦族釈尊の晩年に隣国のコーサラ国のヴィドゥーダバ王(瑠璃王、毘瑠璃王とも)に よって滅ぼされたとされます。

 

原因は諸説ありますが、ヴィドゥーダバ王は実の母親がシャカ族の出身でありながら、かってシャカ族から受けたはずかしめの事が忘れられず、怨みと怒りの炎を燃え上がらせたというのが、大体の動機だそうです。

 

ヴィドゥーダバ王は釈迦族殲滅を企て進撃するが、それを知った釈迦仏は一本の枯れ木の下で座って待っていたといわれる。進軍してきたヴィドゥーダバ王は釈迦仏を見かけると「世尊よ、ほかに青々と茂った木があるのに、なぜ枯れ木の下に座っているか?」と問うた。釈迦仏は「王よ、親族の陰は涼しいものである。」と静かに答えた。しかし釈迦仏はこれを三度繰り返したと言われています。

 

そして四回目の出征のおりに仏弟子で神通第一と言われる目連尊者が、お釈迦様のみもとに来て『瑠璃王が四軍を引いてシャカ族の都へ攻め込もうとしています。私の神通力をもってすれば、瑠璃王を、四軍もろともに他の世界へ投げ飛ばす事も出来ますが、いかが致しましょうか』と尋ねられました。

「可被殺(ころさるべ)き果報をば何(いかん)が為(せ)む。我れ力不及ず」と言う釈迦仏に対し、神通第一と称された弟子目連は、「流離王軍を他方世界に投げ飛ばそう、釈種の居城の迦毘羅城(かびらじょう)を虚空に移そう、迦毘羅城の上を鉄の籠で覆おう、釈種(釈迦一族)を鉢に乗せて虚空に隠そう、とさまざまに申し出る。

釈迦仏の応答は「汝(なんじ)釈種の宿世の報をば、豈に他方世界に擲(な)げ着(つけ)むや」 「釈種の宿世の報をば虚空の中に着(つけ)むや」「(宿世)の報、豈に鉄の籠に被覆(おおいつくせ) れむや」「宿世の報をば、虚空に隠すとも難遯(のがれ)からむ」と、常に果報の免(まぬが)れ得なさを指摘した。
実際、地上で虐殺に遭った者たちばかりでなく、虚空の鉢に隠し置かれた者たちも一人として生存せず、釈種(釈迦一族)九千九百九十九人が一度に滅び去る。防戦・反撃の構えはしても「(前略)釈種は善法を修行して一の虫をだに不殺(ころさ)ず。 何況(いかにいわん)や人をや。(後略)」と言い、不殺生戒 を堅持して殺された釈種は、その生を以て過去生の悪業をほぼ滅尽し得たので あろうか、一同に生天の果を得たという。(柏木寧子氏・『今昔物語集』天竺部における釈迦仏ならびに衆生の理解)

釈迦一族が瑠璃王の軍団に依ってあるいは手足を切られ、あるいは象に踏まれて殺されるとき、釈迦一族の心がどのようであったかは、詳述されなかったようです。