正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

毘流離王譚の結論

海を渡って日本の今昔物語まで紹介された毘流離王譚ですが、 柏木寧子氏は以下のようにこの説話の教訓を結ばれている。

苦の構造に陥っている衆生が苦を離れるためには、苦をもたらす悪因が断たれなければならない。悪因が断たれるためには、悪が知られ、因果が知られなければならないが、悪は衆生の本性をなし、自覚・超克は容易でない。因果もまた人の視界に収まらず、かくして、苦の根元に横たわる無知は破られ難い。

救われ難い衆生のためにさまざまの手段を廻らし、衆生自らが苦滅に向かって歩み得るよう、導いているのが仏である。

あるいは説法し、あるいはそれぞれの衆生に固有の因縁の物語を語り、あるいは布施・持戒といった行の方法を教え、自らの存在を善く方向づけ得るよう助けるのである。
悪業がいかに強固に 衆生を苦に結びつけているとしても、善業もまた同じ強固さで衆生を未来の苦 滅に結びつける。
仏自身であれ、滅後の仏蹟・教法・教団などであれ、三宝のいずれかに触れ得て一旦解脱への願を発したなら、その善因は滅ぶことがないと信じられる。
釈迦仏在世の期間中、少なからぬ人々が釈迦仏と出合い、阿羅漢果を得たと伝えられる。(柏木寧子氏・『今昔物語集』天竺部における釈迦仏ならびに衆生の理解)

ここには題目上げれば全て解決とか、折伏で過去の罪業を消すとか、法難や受難で過去世の宿業を軽く受けるとかは見いだせません。