正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

弘安の役のエピ

日蓮系でも正宗近辺の教団では禅宗て人気がないんですが、なぜかというと根拠もなく禅天魔だそうです、その理由は教化別伝で、お経を蔑ろにする。

禅宗はそういう思想だから、経典は仏が説いたのに仏の言葉を用いないのは天魔の仕業だという理由のようです。だから禅宗のお坊さんのブログにコメント欄で殴りこみする人が耐えないんですが、みなアッサリと論破されてしまいます。

道元さんは法華経を読んでらしたし、鎌倉時代建長寺の二代目の住職となった無学祖元という人は北条時宗の相談役兼師匠でもあった方ですが、元を迎え撃つ弘安4年の正月に、 無学祖元が書して渡した「煩悩する莫(なか)れ」はよく知られた実話です。

「四年(弘安四年)春正月、平帥来謁。元采筆書呈帥曰、莫煩悩。師曰、莫煩悩何事。元曰、春夏之間博多擾騒。而風纔起万艦掃蕩。願公不為慮也。果海虜百万寇鎮西、風浪俄来一時破没。初元在雁山、定中観音大士現形曰、我将舡来取汝。乃示日月二字。元起詣像前卜籖。亦得日月二字…語曰、百万虜寇。天兵助順、豈不勝耶…」(元亨釈書・巻八淨禅三之三釈祖元伝)

弘安4年(1281)春正月、北条時宗が無学祖元のもとに来謁してきた。無学祖元は筆をもって書を北条時宗に示した。「莫煩悩(煩い悩むなかれ)」 時宗は「“莫煩悩”とは何事ですか」といった。無学祖元は「春夏の間、博多は擾騒しますが、一風わずかに起って万艦が掃蕩されるでしょう。願わくは公(時宗)よ、苦慮しないことです。」といった。はたして九州におしよせた軍勢(元寇)は突然の風波のため一瞬にして破没した

この無学祖元氏は法華経を読誦していて観音菩薩を篤く信仰してたといいます。 日蓮さんの禅批判は外れっぱなしです。