正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

残念法師

国賊というフレーズも有りました、この意味は以下のようです。

律宗真言律宗を含む)の教えは、釈迦在世の正法時代の法であり、小乗教の250戒などの戒律を根本の教義としている。

日本では像法時代の中頃に、衆生の機根を調理する為に広まった物で、個人主義的色彩が強くこれらの戒律は末法衆生の機根には合わない物であり、現実から遠離した世間を誑惑させる教えである。

この様な戒律を説いて清浄を装う律僧は人を惑わし、国を亡ぼす国賊である。

この戒律についてもかなり歪んだ形で日本に伝わったので日蓮さんは正しく理解できなかったようです。戒と律はもともと別のものですが、ともに心を清浄に保つためにあるもので、末法の機根に合わないからと捨て去るものではなく、道元栄西が言うように戒は時代に関係なく保つべきものです。

また律も戒を清浄に持つために釈迦が定められたもので、これを否定することは出家の意味もなくしサンガの保持もできなくなります。

日蓮さんは戒律復興を唱えていた西大寺叡尊極楽寺良観をかなり激しく批判していましたが、蒙古襲来時に武器などを草庵に蓄えている科で逮捕され斬罪に処される局面も有りました。

「殺罪に申し行われ候しが、いかが候けむ。死罪を止て佐渡の島まで遠流せられ候ひしは良観上人の所行に候はずや」(頼基陳状・建治三年:日興写本)

 と、極楽寺良観が幕府に助命嘆願を起こして一命をとりとめています。しかし悪口のクセは治らずに佐渡以降も良観さんを罵っている遺文が残されているのは、残念なことですね。