読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

ウパーリにみる折伏

日蓮系では正法に帰依しなければ、悟りは開けない。ましてや謗法の教団に布施などトンでもない首を取る代わりに兵糧攻めで根絶やしにしろ、といういわゆる折伏法華経の肝心だといいます。

建長寺寿福寺極楽寺、大仏、長楽寺等の一切の念仏者、禅僧等が寺塔をばやきはらいて、彼等が頸をゆひのはまにて切らずば、日本国必ずほろぶべしと申し候了んぬ。」(撰時抄)とありますが、よく読んでください。大聖人様の本意は立正安国論で、『釈迦の以前の仏教は其の罪を斬ると雖も、能仁の以後の経説は則ち其の施を止む』と御教示遊ばされている通り、「命を断つのでは無く布施を断つ」事を勧められています。これが日蓮大聖人様の御教えです。(某正宗系サイト)

要約すると謗法の僧侶の斬首=布施を止めること、ということらしいですが、そのお釈迦さんの教えの中にこういうのがあります。

釈迦と同時代に新興勢力だった教団にジャイナ教があります、その教団で大檀越だったウパーリが宗教議論をしかけにやってきた。

しかし話しをするうちに頭のいいウパーリは、合理的で論理的な釈迦の考えにすっかり納得し、仏教信者に加えてもらいたいと願い出た。

しかしここで、釈迦は、こういいます。

「あなたはこれまでジャイナ教の信者であったのが、急に仏教に転向したいと言っている。よく考えてください。熟慮することが、あなたのように知名な人には相応しいことですよ」

この発言にウパーリは、ますます感激して信者に加えて欲しいとさらに熱心に願い出ます。

ですが、その願いを制止して、釈迦はこういいます。

「ウパーリさん、あなたは今まで長い間ジャイナ教にとっては大きな供養の源泉となっていたのであるから、今後もジャイナ教徒が托鉢にやってきても、今まで通り布施供養を続けるべきである」

そしてウパーリはその通りにして従来通りに布施供養を続けたそうです。(原始仏典・中部経典|ウパーリ経)

日蓮系の某教団ではこうはいかないですね、有名な人が自分の弟子になると言ったら喜んで、これ幸いと世の中に触れ回りたくなるところです。しかも日蓮が説いた「命を断つのでは無く布施を断つ」なんてどこにもありません。

こういうのを読むだけでも、如何に日蓮教が曲がっているか理解できますね。