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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

結構、嘘だらけ

鳩摩羅什が訳した妙法華経は後代に一品追加されて、二十八品となりましたが、元々は七巻二十七品でした、追加された品は提婆達多品と観世音菩薩普門品第二十五の偈頌。

しかも現存する竺法護訳の正法華経、闍那崛多・達摩笈多の訳した添品と比較すると経典の順番や草喩品第五が、梵本44偈以後の長行と偈頌は羅什にはバッサリ削除されています。

外にも色々有りますが、日蓮さんもそれは認めていて、女人成仏抄に残しています。

『提婆品に云く「仏告諸比丘未来世中乃至蓮華化生」等云云、此の提婆品に二箇の諌暁あり所謂達多の弘経・釈尊の成道を明し又文殊の通経・竜女の作仏を説く、されば此の品を長安宮に一品切り留めて二十七品を世に流布する間、秦の代より梁の代に至るまで七代の間の王は二十七品の経を講読す、

其の後、満法師と云いし人此の品法華経になき由を読み出され候いて後長安城より尋ね出し今は二十八品にて弘まらせ給う』(女人成仏抄)

これには秦の代より梁の代まで二十七品で流通してたが、満法師という人が欠落分を補充するために長安城から提婆品を取り出して二十八にしたと書いています。さて、これがまた大嘘なんですね。

闍那崛多・達摩笈多が訳した添品妙法蓮華經序にこういうことが書かれています。

「昔、敦煌の沙門竺法護、晋武の世に、正法華(正法華経)を訳す。後秦の姚興は更に羅什(鳩摩羅什)に請うて、妙法蓮華を訳す。二訳を考験するに、定めて一本に非ず。護(竺法護訳)は多羅の葉(貝葉=貝多羅葉。サンスクリットやアフガン語など中央アジア出土の古い経典はヤシの葉に書かれている)に似たり。什(鳩摩羅什訳)は亀茲の文に似たり。
 余、経蔵を検して備(つぶ)さに二本を見るに、多羅はすなわち正法(正法華経)と符会し、亀茲はすなわち妙法(妙法蓮華経)と允(まこと)に同し。護(竺法護訳)の葉はなお遺すところあり、什(鳩摩羅什)の文はむしろその漏なし。而して、護(竺法護訳)に欠くるところは普門品偈なり。什に欠くるところは、藥草喩品の半、富楼那およぴ法師など二品の初め、提婆達多品、普門品偈なり。」(添品妙法蓮華經序より・大正新脩大藏經9巻)

日蓮さんも添品妙法蓮華經は読んでいますので、知ってて嘘書いているんですね。

しかも女人成仏抄の「秦の代より梁の代に至るまで七代の間の王は二十七品の経を講読す」は、これも嘘で、羅什訳出年は西暦406年、闍那崛多・達摩笈多訳出年は601年、秦の王朝は紀元前778年〜紀元前206年まで中国に存在した国、梁(502年〜557年)は、中国の南北朝時代に江南に存在した王朝で、仏教が中国地域への伝来は、1世紀頃と推定されています。
 
法華経サイコ〜のためには、こういう嘘を平気で書くのがお祖師さんとは、情けなくないですか?