正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大乗仏典が後発だったという話

日蓮系のブログや掲示板では大乗仏典もなんとか釈迦の時代にあったことを立証しようとして苦しい努力をしている人がいます。

でもそういう人に限って他経典はほとんど読んでいません。法華経オンリーで解決しようとしていますが、その経典が紀元前後に成立したことだけは否定したいようです。

仏教学では大乗経典としてその頃に成立した経典の一つに1世紀ころ、北インドで成立したと推定されている阿弥陀経サンスクリット原典、漢訳、チベット訳が現存)があります。この経典の教説に初期仏典と新興仏典の証拠がちらほら残っています。

阿弥陀仏国 諸菩薩阿羅漢衆 比丘僧故如常一法 不異矯増多(大阿弥陀経

 ここに「菩薩阿羅漢」があり、それは比丘僧であることが明示されている(大阿弥陀経では合計四回出現)。これを見ると「菩薩」と「阿羅漢」という二種類の衆生を合わせて言った表現であることが分かります。

この二種類の比丘、菩薩阿羅漢とは菩薩と阿羅漢のことである事を常に同時に主語にして語ろうという説示がこの『大阿弥陀経』では発見できます。

一番大事なことは法華経のように阿羅漢を積極的に貶さないが、それでも菩薩の優位が説かれるという形になっている。そのことについて初期経典に詳しい佐々木氏は

それまで聖典として権威を持っていた阿合には書いてないような新しい教義が少しずつ信奉者が増え、そして少しずつ権威をつけていったであろう。(初期仏教からアビダルマへ・佐々木閑氏)

と、大乗経典の発生から阿含部などに配慮しながら残っている、ということはそこに『大阿弥陀経』の大乗経典としての古さが窺えるということです。

こういうところにも大乗経典が後発という残滓を発見できます。