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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

題目を唱えて諸仏成仏?

何を根拠に、という話が日蓮遺文には多いのですが、何時の間にかそれが時間と時代を経て定着してさも真実かのように語られる悪弊があります。

大聖人は『秋元御書』という御書の中に、

 「三世十方の仏は必ず妙法蓮華経の五字を種として仏になり給へり」(全一〇七二)

ということを仰せになっていらっしゃいます。久遠元初の仏様、大聖人様御自身が、あるいは又、三世十方の諸仏は、ことごとく、この南無妙法蓮華経を信じて、南無妙法蓮華経と唱えて、はじめて三世十方の仏となり得たのだという事を御指南遊ばされていらっしゃるのでございます。(日蓮正宗寺院サイト)

信者さんは皆これを信じているようですが、経典のどこを探してもこんな事実はありません。中国の影響で大乗仏教圏となっているベトナムなどでも法華経は信仰されていますが、法華経を所依する宗派でも六波羅蜜を守り実践していますので、修行の中心は禅と慈悲行・布施行になっています。

有名なティック・ナット・ハンも法華経を賛嘆していますけど、観音を重視してしかも戒律と修行として禅(瞑想)を尊んでいます。

法華経信仰圏では法華経の経題である「南無妙法蓮華経」は唱えません。理由は簡単でそんなことは経典のどこにも記載が無いからです。

法華経は中国の影響で観音信仰が盛んであり、法華経を読誦しながら観音様を拝み、”オム・マニ・パドメ・フム”というマントラを唱えています。

阿弥陀信仰も向こうでは有りますが「南無阿弥陀仏」は秘密の言葉で、それを唱える宗派でもちゃんと大乗の「六波羅蜜」を守り、実践することが推奨されていますので、修行としては「禅」が重視されてもいますし日本のような末法無戒とかいいません、あくまでも「戒律」は守られています。

日本仏教、とりわけ日蓮本仏系はかなり特殊な教えに歪んでいることがこのことからも理解できます。