正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

それがどうした、の根拠。

お釈迦さんは正しい教えのために他を批判してもいい、と言ったかどうか?教えの優劣でその宗派を誹謗してもいいと言ったかどうか?これ、けっこう気になりません?

なぜ、日蓮正宗では他宗を邪宗と云うかと言いますと、これは実に単純明快でありまして、宗祖日蓮大聖人様がそう仰せになられるからであります。

また、「日蓮正宗は、正しいというだけで、科学的に証明されていない。」という人がいます。
しかし、仏説は科学をはるかに超えた教えでありまして、宇宙観一つをとっても、天地雲泥の差があります。(なぜ邪宗というか)

こういう文言がお寺のサイトに上がっているだけでも問題ですが、なにか答えているようでまったく解決していませんね。大乗仏教でも他宗の批判は禁じられています、またそういう戒も存在します。日蓮本仏圏だけはそういうこと関係なく折伏として、他宗を批判するようです。

お釈迦さんの定めていた律という幾つかの決め事にはこういうのがあります。

「悪口(あっく)を捨て、悪口から離れている。過失がなく、耳に快く、愛情に満ち、心に響き、優雅であり、多くの人々に愛され、多くの人々に喜ばれる、そのような言葉を語っている。これもまた、比丘の戒です」

まったく真逆ですね、日蓮さんは世法の決め事でもあった鎌倉幕府が決めた御成敗式目の刑法第十二条「悪口(あっこう)の罪」に違反して流罪されたのですが、

第12条:「悪口(あっこう)の罪について」

争いの元である悪口はこれを禁止する。重大な悪口は流罪とし、軽い場合でも牢に入れる。また、裁判中に相手の悪口をいった者は直ちにその者の負けとする。また、裁判の理由が無いのに訴えた場合はその者の領地を没収し領地がない場合は流罪とする。

御成敗式目・悪口の項)※悪口=人をあしざまにののしること。

 してはならないことをも守れないで「我今度の御勘気は世間の失(とが)一分もなし(佐渡御書)」と嘯いていますが、法律違反してもまったく自覚のない人だったのですね。