正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

知らずに十悪習得

根拠の無い仏説らしい引用など含めて、日蓮遺文には時の執権や僧侶に悪口、怒りを増長させるような文言が並んで、信者も邪宗と呼ばれた他宗の僧侶に憎悪を掻き立てる文言が多いですが、これ実は十善戒の幾つかに違反しています。

不妄語(ふもうご) うそいつわりをいいません。
不悪口(ふあっく) 人の悪口をいいません。
不瞋恚(ふしんに) 怒り憎むことをしません。
不邪見(ふじゃけん) まちがった考え方をしません。

大乗菩薩がするべきこととして十地経(華厳経十地品)第二「菩薩住離垢地」で勧められる、菩薩としてなすべき十の良いことをすることの戒めですが、もともとインドの戒という語源には「場所」や「入れ物」から転じたパーリ語sīlaで、「習慣」あるいは「行い」を指します。

 

簡単にいえば戒を守るとは世の中や環境と騒ぎを起こさないということです。

 

日本では重視されなかった「律」は、パーリ語vinayaの漢訳語で「自己を整える手段」という意味ですので「戒律」とは心に悪影響のあることを為さないということで、身・口・意の三業により、大乗仏教・初期仏教問わずにカルマ(業)が生じるのですから、それぞれの行いにはそれぞれの結果は当然含まれていきます。10善戒は身・口・意の三業の三つが全て含まれ、最終的に釈迦が説いた八正道に通じるものです。

 

これらをむやみに末法無戒だから無視して、題目に万行万善の功徳がありそれを唱えて善行なくとも戴けるとかお馬鹿なことをいいますが、仏教の因果を説きながら因果を否定する思想・行為に気がついていない教えだと思えないことが哀しいですね。

自業自得を否定する教えは外道といいます。日蓮さんも在世に南都六宗から、そう言われたようです。

倶舎宗成実宗律宗云く「阿含・並に律論は仏説なり華厳経法華経等は仏説に非ず外道の経なり」或は云く、而に彼れ彼れ宗宗の元祖等・杜順・智儼・法蔵・澄観・玄奘・慈恩・嘉祥・道朗・善無畏・金剛智・不空・道宣・鑒真・曇鸞道綽・善導・達磨・慧可等なり、此等の三蔵大師等は皆聖人なり賢人なり智は日月に斉く徳は四海に弥れり、其の上各各に経律論に依り更互に証拠有り随つて王臣国を傾け土民之を仰ぐ末世の偏学設い是非を加うとも人信用を致さじ、爾りと雖も宝山に来り登つて瓦石を採取し栴檀に歩み入つて伊蘭を懐き取らば悔恨有らん、故に万人の謗りを捨て猥りに取捨を加う我が門弟委細に之を尋討せよ。(法華取要抄・文永十一年)

これについては日蓮は閉口したようで、門弟に後事を託しています。