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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

加上の題目。

日蓮さんの題目って、浄土宗の念仏に対抗するために古来からの習俗を少しずつ意味をずらした感が有るのですけどね。

それは最初は経題、つまり法華経を二十八品読むのは大変で時間もかかるので、題名を読む行為に振り替えて読んだことにするという、経題を唱えることで有り難い二十八品の功徳をいただこうとする簡易な略修行ですね。

「南岳大師の法華懺法に云く「南無妙法蓮華経」文、 天台大師の云く「南無平等大慧一乗妙法蓮華経」文、又云く「稽首妙法蓮華経」云云、又「帰命妙法蓮華経」云云、 伝教大師の最後臨終の十生願の記に云く「南無妙法蓮華経」云云、(当体義抄・文永十年:偽書

まぁ偽書ですから、根拠にはならないのですが、経題読誦=二十八品の読誦修行を簡略という意図はわかると思います。古代のその例をアップしてみますと

◎覚超が永延三年(989)に起草した『修善講式』
「南无(無)大恩教主尺迦大師七反打南无(無)一乗妙法蓮花経七反打南无(無)恒順衆生普賢大士五反打南无三世仏母文殊師利菩薩五反打已上中台了」

◎南无(無)を冠した帰命対象に、
南无(無)極楽化主弥陀如来・南无(無)念仏三昧甚深経典・南无(無)大慈大悲観世音菩薩・南无(無)大慈大悲大勢至菩薩・南无(無)当来導師弥勒慈尊・南无(無)滅罪生善金光明王・南无(無)地蔵菩薩・南无(無)虚空蔵菩薩

◎『栄花物語−−たまのしづく』によれば、治安元年(1021)九月十日に行なわれた、皇太后宮藤原妍子の女房たちの法華経供養の折りに、題名僧も参列したとある。題名僧は法会において経の題目を唱える僧のこと。
栄花物語は正編が長元年間(1028〜1037)に、続編は寛治六(1092)以後、まもなく成立したといわれる。

これらは元々に経典読誦を簡略した形跡です、つまり妙法蓮華経法華経)に南無するという意味ですね、日蓮さんは此れをうまく利用しながら以下のように意味が変わります。

「題目とは二意有り。所謂正像と末法となり。正法には天親菩薩・竜樹菩薩、題目を唱へさせ給ひしかども、自行計(ばか)りにして唱へてさて止みぬ。像法には南岳・天台等は南無妙法蓮華経と唱へ給ひて、自行の為にして広く化他の為に説かず。是、理行の題目なり、末法に入って今、日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり」(三大秘法抄・真偽未決)

こういいながらも、法華経も詮無し、題目オンリーとなりますが、元は経題の意味がもうズレてしまっているんですね。こういうのを加上といいますが、上に上に意味を積み重ねていく内に本質がすっ飛んでしまうということです。