正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

悪い見本のよいテキスト

日蓮遺文でも偽書に相当する文書には怪しい解釈が多いが、私達の肉体が妙法の当体だなんて言うトンデモ説が多いのも特徴的です。

★「今阿仏上人の一身は地水火風空の五大なり、此の五大は題目の五字なり、然れば阿仏房さながら宝塔・宝塔さながら阿仏房・此れより外の才覚無益なり」(阿仏房御書・偽書

★「火は焼照を以て為行、水は垢穢を浄るを以て為行、風は塵埃を払ふを以て為行、又人畜草木の為に魂となるを以て為行、大地は草木を生ずるを以て為行、天は潤を以て為行。妙法蓮華経の五字も又如是。本化地涌の利益是也」(生死一大事血脈抄偽書

「我等(われら)が頭(こうべ)が妙なり喉(のど)は法なり胸は蓮なり胎(はら)は華なり足は経なり此の五尺の身 妙法蓮華経の五字なり」(御義口伝・偽書

これらの仏が五体や五大であるとする解釈が、初期仏教の経典からみれば一笑に付されるのが、以下の文章です。

スッタニパータでは、ヤマカ(Yamaka)という比丘の「私は世尊が説かれた法をこのように理解しています。漏尽の比丘は身体の破壊によって、滅し、消失して、死後は存在しないという悪見に対して、舎利弗五蘊の無常・ 苦・無我を説いた後に、

「友ヤマカよ、どうでしょうか。あなたは色(受・想・行・識) は如来であると見ますか。
「いいえ、友よ」
「色(受・想・行・識)のなかに如来があると見ますか」
「いいえ、友よ」
「色(受・想・行・識)とは別に如来があると見ますか」
「いいえ、友よ」
如来は色・受・想・行・識であると見ますか」
「いいえ、友よ」
如来は無色・無受・無想・無行・無識であると見ますか」
「いいえ、友よ」
「友ヤマカよ、ここに現法において真実・実際 に如来は無所得です。『私は世尊が説かれた法をこのように理解しています。 漏尽の比丘は身体の破壊によって、滅し、消失して死後は存在しない』とあなたは記別できますか」

この問答によってヤマカは悪見を捨てて、法を現観した。 と説いている。
ここでは死後の有無に関する無記は「如来」もしくは「漏尽の比丘」のレヴェルで語られているのであって、衆生ではないことは明白である。(無記・無我の再考・ 森章司氏)

まったく真理と関係ない妄想のような日蓮遺文の教説や解釈は、仏教のあるべき理解をかなり歪曲された結果と言える良いテキストです。