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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

こんなもん戒。

受持即持戒と言いながら、日蓮仮託の偽書や真偽未決文にはややこしいことが書いてあります。以下をご覧ください。

◎「迹門の戒は爾前大小の諸戒には勝ると雖も而も本門戒には及ばざるなり」(本門戒体抄・真蹟なし)

 

◎「建立御本尊の事御義口伝に云はく、此の本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり。戒定慧の三学、寿量品の事の三大秘法是なり」(御義口伝・偽書

 

◎「戒壇とは、王法仏法に冥じ仏法王法に合して、王臣一同に本門の三大秘密の法を持ちて有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是れなり。三国並びに一閻浮提の人・懺悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王・帝釈等も来下して蹋み給うべき戒壇なり」(三大秘法抄・真偽未決)

最初の文は迹門の戒に対し本門の戒の凄さを書いていますが、実体は特別な戒徳目を保持して信者は守らなければならないということではなく、受持即持戒というだけですね。

 

真ん中の文章ではこれといった指図はなく、三大秘法の中に戒定慧が含まれておるということでしょう、どこにも戒の為の本尊とか戒壇で授戒するための、とか伺えません。

 

最後の三大秘法抄の王法仏法に冥じ、仏法王法に合しての部分は、王仏冥合ともいわれて一時政治と宗教の融合を図るとされてましたが、戦後の憲法はそれを保証しておらず、推進団体は憲法を改正し、新しく作られるものに盛り込まれると妄想していますが、現在九条改正でもあれだけ論議が進まないのに、実質一宗教の国教化だと思いますので、まぁ夢想といいますか、見果てぬ夢でしょう。

 

偽書ながらそれを引用して正宗五十九世の堀氏は「最蓮房だけは佐渡において大聖よりあらたに本門戒を受けたる御書あるが、日昭においては御門にはいるとともに本門戒を受け直したりとの文献も、伝説も見えず」(富士日興上人詳伝)と述べているだけで同書に「受戒の定規はなかったと思う。それが、近今に至って、にわかにその式が新設されたのではなかろうか」と残しているので、それが実態でしょう。