正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

戒がないがしろ

五戒の不飲酒戒は日蓮さんは無視してたようで、これを踏襲して日蓮正宗では仏壇や寺に堂々とお酒をあげています。そして末法無戒を楯にしてだいたいこういう事を言います。

「不飲酒とは、酒を飲むこと自体を戒めているのではない。酒によって堕落し、悪を行うことを戒めているのだ。過ぎた酒によって、好ましくない事態が引き起こされることが悪いのである。つまり、適度な酒ならば問題ないのだ。世間でも酒は百薬の長と言われている。よって多少ならば良い」(某S宗系サイトより抜粋引用)

ですが、これは詭弁です。戒はこころを清浄にかつ正常に保つためにある掟です。五戒の不飲酒戒である酒を断って悟りを目指すか、やはり酒を飲んで悟りをあきらめるのか、ということです。そのいい例を日蓮遺文から拾ってみます。

日蓮最晩年の消息の一つ「上野殿母尼御前御返事」には、身延入山以来、下痢症状に悩まされる日蓮が、供養を受けた酒を温めて飲んでいる旨が記されている。

「このさけ(酒)はたた(温)かに・さしわかし(沸かし)て、かつかう(藿香)を・はたと・くい切りて一度のみて候へば・火を胸に・たくがごとし、ゆ(湯)に入るにに(似)たり、あせ(汗)に・あか(垢)あらい・しづく(滴)に足をすすぐ、此の御志は・いかんがせんと・うれしくをもひ(思い)候ところに・両眼より・ひとつのなんだ(涙)を・うかべて候。 」(上野殿母尼御前御返事)

(現代文:この酒を暖かに沸かして、薬草(かっこう・漢方薬)をはたと食い切って、一度飲むと、火を胸に焚いたようになりました。湯に入ったようです。汗で垢が洗われ、滴で足が濯がれました。このお志に、どう感謝したらよいかと、嬉しく思っているところに、両眼から一滴の涙が浮かんできました。)

いまの医学で言えば、こういう時に酒を呑むのはアホです。アルコールの刺激は腸のぜん動運動を活発にします。少量のアルコールでもぜん動運動を促します。
活発になりすぎると腸は、中にある便を早く移動させてしまいます。結果、早く便が排泄されてしまいます。つまり下痢状態を促進させます。
便は水分が多く残った状態で排出されてしまいますので、更に胃腸の機能が低下します。つまりこの時に日蓮さんの行為は、医学的には最悪の自殺行為に等しいものである。 

ですので、このように飲酒をすると自分の体のことも分からなくなる=不覚だのにそれ以外のことが分かるわけ無いですね。それを本仏だとか・・(笑)不飲酒戒一つ守れない仏っていませんよ。