正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

日蓮の戒思想:5

三大秘法抄の古来からの論議をまとめてある戸頃重基氏の論説があるのでそれを引用して課題を見てみたい。

姉崎博士は、「三大秘法鈔」の真撰を白明の事実として推論されているが、これは何もけっして自明なことではなく、古来から非常に疑惑をいだかれてきた日蓮遺文中の第一号にぞくする。
何よりも本鈔には、古写本が伝存するだけで真蹟がない。

その古写木というのは、中山門流の久遠日親が嘉吉2(1442)年8月、書写してこれを弟子の式部阿闍梨日慶へ授与された京都本法寺伝存のものである。真蹟が欠如し、たんに写本だけが伝存するにすぎぬということは、その内容もさることながら、文献学的に疑わるべき第1の理由となるだろう。それゆえ、古くから、日昭門流、合掌日受、永昌日鑑、桓春日智らの偽作論が跡を絶たなかったのだ。

もちろん偽作論に対抗して、これまた古くから、三位日順、久遠日親、本成日実、行学日朝、円明日澄、一音日暁、禅智日好、一鈔日導、優陀那日輝らが真撰説を唱えてゆずらなかったのも事実である。境達日順のように、真撰説を一応みとめるにしても、 「三大秘法鈔」を「本尊鈔」の略要とみなし、それに独立的価値を与えないものもあった。

すなわち境達日順は次のように述べている。
「此抄ハ観心本尊鈔ノ略也、案ズルニ太田殿ハ最初ヨリ大事ノ御檀那也、然ルニ富木殿へハ大切ノ法門ヲ遣ハサレ、太田殿ヘハ真言ノ事耳仰セ遣ハサル、故ニ太田殿少シ悦バザル意之レ有ル歟。故ニ此抄ヲ遣ハサルト見ヘ夕リ、故ニ常ニハ仰セラレザル御文章多ク、叉予年来ト云ヨリ已下ハ全ク巧説也、知ヌ太田殿ノ機嫌直シノ御書ナル事ヲ。」
 「三大秘法鈔」を真偽いずれかに判定することによって、日蓮自身が、王仏冥合戒壇実現をほんとうに期待していたか否か、という問題もほぼ明らかとなるのである。(日蓮を汚す三大秘法鈔・)

この王仏冥合という言葉もすでに死語のような気がしますけど、今の時代で仏教と王法(政治)の一致待望が有るような期待感を持つ人もいないでしょう。

それほど複雑化し、経済一つとっても一国で賄われるような時代では無いことは明らかです。それを一つの原理で回していこうなんて発想は古代でも平安期くらいの考え方でしかありません。

日本においても生活上で戒を以って信仰や修行している人が何人いるのか?それを日蓮末法無戒とバッサリ切って捨てているのに、戒の重要性を天朝に期待するという矛盾がこの文書の背景に有るように思えます。