正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

迷った時には

日蓮さんの教えがおかしいと思っても一々精査していたらキリがありません。また巧みに経典引用が遺文になされていますが、残念ながら典拠の正確性はほとんどありません。

何かアンチョコみたいなものを使って書いていたようで、よく文証といいますが日蓮遺文に経典から引用された言語の精度は20%くらいで、その中身は偽経有り、典拠にその言葉がない、勘違い等々で悲惨なものです。

その精度でよく末法の御本仏だとか言えるものだと思いますが、一番ひどいのは日蓮本仏系の特徴は仏教では説いてない万物全ての根源がある事を言ってることです。

日蓮曼荼羅は文字が主体で「仏は文字に依つて衆生を度し給うなり」(蓮盛抄)とある意味文字信仰を持ってらしたようですが、実は竜樹菩薩も初期仏典に見られる釈迦も、ことばによる実体の否定を説いています。

●「名称で表現されるもののみを心の中に考えている人々は、名称で表現されるものの上にのみ立脚している。名称で表現されるもの〔が偽りであると〕完全に理解しないならば、彼らは死の支配束縛に陥る。」(サンユッタ・ニカーヤ)

●「つねに良く気をつけ、世間を空なりと観よ。自我ありとする見解をうち破って、かく死を乗り越えることができよう。このように世界を観る人を死の王は見はしない。」(スッタニパータ)

他にも『私は、苦と滅苦についてしか話さない。後世の人が美辞麗句で綴るものは滅苦について触れていないので、読んではいけない』と言っています。象徴的なのは後の世に美辞麗句や哲学的な経典の出現を予知されていたのか、サンユッタニカーヤの最古層には、「私の説く空の教えは、信ずる者がいなくなるであろう。(梶山雄一氏・空入門)と残されています。

この世は浄土とか、娑婆即寂光とか、仏陀は残していません。ハッキリと一切(世の中は)皆苦、世間皆虚仮(移ろい仮のもの)と断言しています。
よく言う久遠元初の仏とか一切の根源仏、実体的な真理的なものはすべて仏教ではないってことです。