正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

本当の沙門

釈迦が活躍していた当時(前六~五世紀頃)の宗教家は、バラモンとシュラマナ(沙門)に大別する事が できます。

よく外道のことをバラモンとかいいますが、祭祀を司る事を職業とする僧侶のことで、ヴェーダ聖典に基づく宗教祭祀を信奉していました。

バラモンに対するもう一つの宗教家群に、シュラマナがあります。 それまでのバラモン教が、祭祀の絶対化、そして生まれによる階級制度の尊重。固定化を進めてきた事に反発して現れた真理修行者達であり、思想家達のことです。

 

このような思想家が、インドに限らず前六~三世紀頃には東西で同時発生的に出現しています。 ギリシャではプロタゴラス、中国では同時期と言えませんが孔子老子孟子などが輩出されています。

 

そのインドのシュラマナは「真理を求めて努力する人」「遍歴する苦行者」あるいは「道の人」と 言う意味で、よく聞く「沙門」と言う訳語は、サンスクリット語の「シュラマナ」、あるいはパーリー語の「サマナ」(こちらが沙門に近い)の発音を漢文に訳したものです。

 

先のバラモンの司祭の行為(業の観念)を、頭から軽蔑し、無意味なものだと否定したのが、新しい思想家・シュラマナ(沙門)達でありました。
シュラマナ達の思想には神の観念を否定し、神を持たない宗教であり、哲学だったと言われています。

 

日蓮さんの天台沙門とか、本朝沙門とか、こうしてみると冗談みたいなもので、途中で意味が変わりそれが日本に伝わってきて沙門=出家僧・修行僧の意味合いに乗っかっただけで、呪文の題目や祭祀祈祷、先祖回向の遵守を守ってたわけですからここから見ても、仏教の王道からは外れてます。