正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

その場で言うこと違う

日蓮さんの儒教道教からの横滑り教義には目を覆うものが有りますが、以下の遺文もその典型。

「我が頭(こうべ)は父母の頭(こうべ)、我が足は父母の足、我が十指は父母の十指、我が口は父母の口なり。譬えば種子(たね)と菓子(このみ)と身と影の如し。」(忘持経事)

指の十本、手足、頭の遺伝が親・先祖からの受け継いだ、譲られものという発想は儒教の教えまんまですが、それが宗教であると気付けなかったんでしょうか?

しかも親が種子で子供がその果実、本体と映る影とか書いていますが、出家というのはその親子の絆を切って仏道に入るものですが、日蓮さんはわりに女々しくっていつまでも父母のことが忘れられないようです。

「父母のはか(墓)をもみ(見)よかしと、ふかくおもう(深く思う)ゆえにいまに生国へはいたら(至らね)ねども、さすがにこひ(恋)しくて、吹風(ふくかぜ)、立つ雲までも、東の方(千葉房総の方向)と申せば、庵をいでて身にふれ、庭に立てみるなり」(光日房御書)

これは身延期の遺文ですが、もう既に両親は物故して久しいのにこういう感じです。これなど信者さんはなんと親思いと感激するらしいですが・・。

ところが自分の弟子や檀越が親子の情に逡巡するときはこうですから・・。

「各各我が弟子となのらん(名乗らん)人人は一人もをく(臆)しをもはる(思わる)べからず、をや(親)ををもひ・めこ(女・子)ををもひ所領かへりみること・なかれ、無量劫より・このかた・をやこ(親子)のため所領のために命すてたる事は大地微塵よりも・をほし(多し)、法華経のゆへ(故)には・いまだ一度もすてず、法華経をばそこばく行ぜしかども・かかる事出来せしかば退転してやみにき、譬えばゆをわかして水に入れ火を切るにとげざるがごとし、各各思い切り給へ此の身を法華経にかうるは石に金をかへ糞に米をかうるなり」(種種御振舞御書)

まぁ、何かあった時には親子家族の縛を切って法華経信仰に思い切れ、というのですが、ご自分は出家ですからいいでしょうが、在家は家族や使用人を養っていますからね。いったい全体どちらが本意か、これでは付いて行く人も少なかったでしょう(笑)