正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

御本仏のオオボケ

正宗では日蓮さんのことを、未来を予証した末法の御本仏と讃えておられるわけですが、あまり遺文を精査とか、歴史と引きあわせて事蹟を比較するとかはしない信仰のようで、いわゆる妄信とも盲目信仰とも言われるわけです。

例えば建治元年といいますから、文永十一年に身延に入って翌年ですが、こんな遺文が残されています。

「白米一斗御志申しつくしがたう候、鎌倉は世間かつして候、僧はあまたをはします過去の餓鬼道の苦をばつくのわせ候ひぬるか。
法門の事、日本国に人ごとに信ぜさせんと願して候いしが・願や成熟せんとし候らん、当時は蒙古の勘文によりて世間やわらぎて候なり子細ありぬと見へ候、本より信じたる人人はことに悦ぶげに候か、恐恐。」(上野殿母尼御前御返事・建治元年十二月二十二日)

(現代文)白米一斗の御志、申し尽くし難く思います。鎌倉では、世間が渇しているようです。僧侶は数多く居ますが過去の餓鬼道の苦を償わせることができるのでしょうか。

さて法門の事は、私は日本国の人毎に信じさせようと願っていますが、いよいよ願いは成就しようとしています。現在は蒙古の勘文到来に依って、世間は私に対して少し和らいできているようです。これには子細が有ると見えます。日蓮を元から信じていた人々は、殊に悦ぶ兆しでしょうか。恐々。

もうかなりピンぼけですよね、蒙古が来襲したのが先年の文永十一年十月で、巷では日蓮立正安国論の予言が当たったので風当たりが弱くなった、これはいよいよ日本国の臣民がこの法華経を信じる様に願って来たことが実現しそうだ、と言うのですね。

先年の蒙古の軍勢が神風で全滅したことをシカトしているのは何故なんでしょう?やはり天然のボケ体質なんでしょうか?

しかもそれが「いよいよ願いは成就しようと」と結びつく理由が分かりません?きっと日蓮さんは、都合の悪いことを排除して、頑なにそう思おうとしてたんでしょう。

気の毒なのは在世の信者さんではなく、現代においてこんなズレたオオボケを見もしないで、御本仏だなんて言ってる教団と信者さんでしょう…(笑)