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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

御本仏の寝言

善無畏三蔵抄にはまだありますよ。今度は禅宗真言宗です。

禅宗、以ってかくのごとし。一を以って万を知れ。真言等の諸宗の誤りをだに留めんこと、手に握りて覚ゆるなり。況や当世の高僧・真言師等は其の智、牛馬にもおとり(劣り)螢火の光にもしかず 只死せるものの手に弓箭をゆひつけ・ねごと(寝言)するものに物をとふ(問う)が如し、手に印を結び口に真言は誦すれども其の心中には義理を弁うる事なし」(文永七年・善無畏三蔵抄)

日蓮的にはこの文永七年頃は浄土系は息の根を止めたと、いう目論見だったようで、さらに禅宗ももう駄目だ、念仏宗の事例を以って知るべきだと、何を根拠にか、ほくそ笑んでます。

そんな事実はこの頃無いのに、ちょっと危ない坊さんですが、真言宗に至ってはその命脈は手に握ったと、言いたい放題ですね。

この後に世間に醜態を晒して佐渡送りになる前の意気盛んという感じでしょうか。人間誰しも肉体も元気で気も充実している時には、世の中のことをちょろいと思い慢心しますが、この頃の日蓮さんは何を根拠にか、そういう状態だったようです。

◎念仏壊滅はもう目前

禅宗もその例にならうだろう

真言宗の壊滅は手に握ったも同然。

なにか危ないクスリでもやっていたのかもしれませんね。現代で上の三強はいまだに豪勢な信者数を誇って日蓮系よりも総数でもやはり多いです。

この後の日蓮さんの人生は佐渡に送られ、寒気と飢えで悩まされ身延山に入って以降は下痢と食が満足に取れず、過去世の謗法だとか分けわからんこと遺文に残していますが、元気なときに言いたい放題だった悪口(怒りが元です)の法則が還著於本人となりましたとさ。