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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

知らなかった日蓮

釈迦の時代の修行階梯・四沙門果を詳しく説明しますと以下のようになります。

★預流果→聖者の流れに入ることで、最大7回欲界(我々の世界)の人と天の間を生れかわれば悟りを開く位。須陀洹を指す。

★一来果→一回人と天の間を往来して悟りに至る位。斯陀含を指す。
★不還果→欲界には再び還らず色界に上って悟りに至る位。阿那含を指す。
★阿羅漢果(応供とも)→供養を受けるにふさわしい者で、今生の終りに悟り、涅槃に至り、再び三界には生れない位。阿羅漢を指す。

この四番目の阿羅漢を大乗では下しているのですが、 それは「小乗(言われた時は部派集団を指す)の修行をいくら積んでも、阿羅漢止まりで、ブッダに成ること(成仏)はできない」という考えで、大乗仏教サイドが部派時代の仏教を批判したことが中国でもそのまま受け継がれてます。

ところが釈迦の教法によって修行を完成した修行位の阿羅漢を誹謗することは、ブッダの教法そのものを誹謗することになるのですが、大乗集団は阿羅漢や四沙門果の悟りの世界をよく知らなかったようです。日本でも法相宗はそれを理解していましたが、日蓮遺文でも以下のように誤解が見られます。

★「而るに阿羅漢とならせ給ひて声聞の御名を得させ給ひ、永不成仏の道に入らせ給ひしかば」(妙法尼御前御返事)

★「空に誦せし広学の智人なり。かゝる極位の大阿羅漢すら尚往生成仏の望みを遂げず。仏在世の祖師此くの如し。」(念仏無間地獄抄)

★「世間の道俗には三明六通の阿羅漢の如く貴ばれて法華経を失ふべしと見えて候。」(唱法華題目抄)

★「例せば身子は阿羅漢なれども瞋恚のけしき(気色)あり。」(善無畏三蔵抄)

かくのごとく、阿羅漢果=永不成仏の道と図式化された大乗の考えをそのまま継承しています。とりわけ最後の「阿羅漢なれども瞋恚のけしきあり」 は預流果の悟りと間違っていることを勘案すると、日蓮は四沙門果の内容を知らなかったようですね。