正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

さらに阿羅漢果について

六神通についてはパーリ語経典長部の『沙門果経』においては、釈迦がマガタ国王に仏教の沙門(出家修行者、比丘・比丘尼)の果報を問われ、まず戒律順守によって得られる果報、次に「止行」(サマタ瞑想、禅那・禅定、四禅)によって得られる果報を次々と述べた後に、その先の「観行」(ヴィパッサナー瞑想、四念住(四念処))によって得られる果報と述べています。

「汝舎利弗 尚此の経に於ては 信を以て入ることを  得たり」(法華経譬喩品)

「阿難と羅睺羅たち二千人の声聞が記別を懇請し、釈尊は阿難に山海慧自在通王如来、羅睺羅に蹈七宝華如来の授記をし、二千の声聞にも宝相如来の記別を与えました」(授学無学人記品第九)

「大事には小瑞なし、大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法・国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉葉尊者にあらずとも・まいをも・まいぬ べし、舎利弗にあらねども・立つてをどりぬべし」(大悪大善御書)

と、智慧第一の舎利佛などは法華経が説かれると、在世六通の阿羅漢であってもダメダメの位だそうです、特に釈迦の教団を継いだ大迦葉ですらも自分の得た悟りは低いもので、日蓮云くは、法華経では反省して真実の法が説かれると舞を舞ったと(笑)舎利佛も立って踊ったとか、お馬鹿な教説を残して恥をかいています。

すこし考えれば六神通の一切衆生の過去世(前世)を知る、なんでも見透せる通力の天眼通や自分の煩悩が尽きているかどうか(漏尽通)、知る能力があるのに自分の修行に漏れるものが有るかどうか知らなかったというのは理屈に合いません。

つまり、日蓮さんの二乗(阿羅漢)蔑視は中国の受け売りというものの、よく精査しないままにアレコレと口にしてしまったようですね。

ちなみに阿羅漢を謗ると大謗法で、五逆罪に相当するようです、これは大ブーメランですね。