正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

宗教は、精神的豊かさを醸成するはずですが。

小乗(いまではこういう蔑視の事は言わない)と日蓮さんが言ってるから、大蔵経阿含部や東アジアに広まっている上座部仏教などを下に見る日蓮正宗ですが、精神的な豊かさがどれほどのものか、比較してみましょう。

この『機に随つて法を説くと申すは大なる僻見なり』って御文にもあたるでしょう。ねっ。みんなこれは摧尊入卑なんだ。この摧尊入卑ということをみんなね、学会の連中たちに『おまえたちの仏法、摧尊入卑なんだ』、これ言ってやんなさい。

大作が第一、摧尊入卑だろ。君たちは第一、学会の連中のもとで、大作、『池田先生』なんて言うなよ、おい。『大作』で結構なんだ。『大作はこういうこと言ってんじゃないか。これ摧尊入卑だ』、もう言ってやりゃいいんだ。これをだね、『池田先生』なんてふうに言うなよ、まったく。ホントに。それこそまったくね、このなんて言うかね、『池田の小僧』で結構なんだよ。ホントに。エヘッ。
 そりゃもうね、大聖人だってそうでしょ。『爾前迹門の釈尊なりとも物の数ならず』としてるんだからね。下民とも民とも、民だな、天子が民を見る場合、『民とも下し鬼畜ともなんどと下しても其の過有らんやと意を得て宗論すべし』とおっしゃってるでしょ。(平成4年5月28日、寺族同心会)

おやおや随分ガラ悪い説法ですね。よほどに創価学会のあり方や指導者が気に入らないようで、侮蔑しながら坊さんたちにこう言えと煽ってます。

これが一宗教団体の長ですから、この教団のなんとも言えない品位ですが、仏教では敵対する悪人に対しても慈悲を釈迦の時代から大事にしています。

この阿部日顕という方はそういう心のあり方が足りないようで、それでも信者からは今仏と崇められているので、きっとなにか錯覚しているんでしょう。

テーラワーダ系の仏教では瞑想修行の前に必ず行う「慈悲の冥想」があります。その一部をあげてみましょう。

私の嫌いな人々も幸せでありますように
私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように
私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように

私を嫌っている人々も幸せでありますように
私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように
私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように
私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように

 

生きとし生けるものが幸せでありますように(3回)

上座部では人を批判したりはご法度です、大乗では如来蔵だとか仏性だとか言いながら、唯一釈尊の正統だというこの宗派では、気に入らない人を感情で差別する行為はとても釈尊の正伝とか、如来蔵を認めているとは言いがたいですね。これも開祖がああいう悪口三昧で流罪など人々から軽んじられたから、末弟がこういうことになるんでしょう。