正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

いつか歩いた道

まだある日蓮正宗アナクロ観、それは信者に対して、何かと出される目標に対して、こういうことを言うようです。

◎「猊下様が現代における大聖人様であり、御内証において人法一箇の御法体を御所持遊ばす御尊体であらせられます・・・」(『大日蓮』平成三年六月号)

◎「当宗の信仰は、御法魂を伝持遊ばされる御法主上人の御指南に信伏随順し奉り、三秘総在の大御本尊を拝し奉ることこそ成仏の要諦なのである」(『富士学報』第十一号論文)

◎「三宝一体とは、まさに本仏大聖人、戒壇の大御本尊、歴代の御法主上人が、その内証において、一体不二の尊体にましますということであります・・」(「能化文書」平成三年九月)

◎「日蓮大聖人の仏法は、唯授一人法体別付の血脈相承をもって、現御法主上人が御所持あそばされることは衆知のことであります。したがって、御法主上人御一人が、本門戒壇の大御本尊の御内証をお写しあそばされる権能をお持ちになるのであります、、」(『大日蓮』平成四年十二月)

一介の人間をよくここまで持ち上げられるのだと感心しますけど、教団のトップを崇拝させるための演出だとすれば、これほどそのカリスマの人格を排除して型にはめる手口には呆れてしまいます。

その無窮の存在が「民衆、民衆って言う奴ほどバカなんだ」(平成6年8月24日、全国教師講習会) なんて言ってんですから、どこかの独裁国家の元首気取りですね。

で、こういう発想は70年ほど前にあったこういうのに似ています。

皇軍軍紀の神髄は、畏くも大元帥陛下(天皇)に対し奉る絶対随順の崇高なる精神に存す。 (戦陣訓・第三 皇紀

戦前の日本がこういう発想で統制していった結果は言わずもがなですけど、活動家信者は年寄りしかいない、寺に若い人が来ない、という現象は遠からずその道をここも歩むんでしょう。