正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

正宗建物考:黒門

ネットの掲示板やブログでは大石寺の黒門(総門とも言う)は自称・皇室関係と標榜の稚児法主日鎮の時に創建されて、黒木の門は、天皇ゆかりの門となっているそうですが、そんな根拠は怪しいものです。あとで触れましょう。

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その日鎮が建てた黒門は大永2年(1522年)に創建、江戸期の寛永15年(1638年)に再建、その後明治13年(1880年)に再建新築されたそうですが、創価学会の寄進で昭和47年(1972年)1月3日に鉄筋コンクリート作りの総門(新総門)が三門から真南の場所に建立し、明治期に建てられた昔の黒門は旧総門となり学会寄進の宿坊の傍らに置かれたままでした。

写真は平成10年(1998年)に創価学会寄進の新総門が解体され、新・黒門がその跡地に建設されて再び総門と称されて現在に至っています。

 

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こちらは有名な方の増上寺旧方丈門(別名黒門) です。増上寺(庫裡)の表門であったので方丈門とよばれ、また全体が黒漆塗であったため 黒門ともよばれました。

四脚門で、建造年代を明らかにする棟札などの記録は見出せないそうですが、江戸時代初期の特徴を示す様式から十七世紀後半のものと推測されています。

 

大石寺の門と比較すると当然歴史的な風格と重みは段違いですね。ところで黒門の由来が皇室関係だからとか、格式のない寺はすぐに権威に依るのですが、そうであれば大石寺の近隣に有る小泉久遠寺の黒門や重須本門寺の黒門、西山本門寺もそうなりまして、中山法華経寺黒門も有名です。

他宗では寛永寺醍醐寺円通寺、本成寺など枚挙に暇がありませんけど、大石寺門徒が能書きを垂れるんは他宗と肩を並べたいんでしょうね。