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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:久蔵もいない

長谷川等伯の子息に久蔵という方がいらっしゃいます、もちろんお父さんに習った有名な絵師なんですが、智積院真言宗)の宝物館に有る「桜図」と「楓図(かえでず)」は、当時50歳の等伯に対し、久蔵はまだ24歳という若さでしかも事実上、これが画壇へのデビュー作でした。

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凄いですね、お父さんは既に完成の域でしたが、息子さんはこれから咲こうという時期なのに、既にこの境地です。無限の可能性を秘めた作品です。

もちろんこの絵は国宝です、しかし惜しいことに長谷川久蔵は『桜図』を描き上げてわずか2年後に亡くなります。『桜図』はデビュー作であると同時に、遺作でもあるのですが、存命であれば将来にどれだけの作品を残していたと思うと口惜しい限りです。もちろんお墓は京都府京都市上京区にある日蓮宗本法寺にあり、一門と父親と一緒に葬られています。

ちなみに智積院というのは真言宗智山派の総本山のお寺ですが、興教大師覚鑁(こうぎょうだいしかくばん)によって開山されて、桃山期に豊臣秀吉によって一山ごと焼き払われてしまいます。

その後、徳川家康から現在お寺のある土地と祥雲禅寺(しょううんぜんじ)が寄進され、復興。この祥雲禅寺の由来は、3歳で病死した秀吉の愛児・鶴松(つるまつ)を弔うために建てられたお寺です。

このお寺は何度も戦乱や火災に見舞われますが、障壁画だけは僧侶たちが守ったと伝えられています。

 

大石寺は殆どが一代法華で、邪宗と呼ぶこうした親子二代の芸術家を育てる土壌はないので関係ない話ですが、その分芸術にも縁がないようです。