正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:南北もいない

江戸期の歌舞伎の狂言作者(今の脚本家)として有名な鶴屋南北。代々脚本家として襲名していく名前だったようです、その四代目の南北さんはその業績が突出しているため、特に大南北(おおなんぼく)ともいうそうです。

この方の出世作は「天竺徳兵衛韓噺」は舞台上であっと驚く屋体崩し(やたいくずし)や役者の早替り(はやがわり)など「ケレン」と呼ばれる舞台演出で評判を呼び、大当りを取ったそうです。

f:id:gachinbow:20161003060138j:plain

そして代表作はご存知の文政8年の怪談物「東海道四谷怪談」で塩冶家(えんやけ)の浪人四谷左門(よつやさもん)の娘お岩(おいわ)とお袖(おそで)の姉妹を巡る怪談劇で、大当たりを取って夏狂言として定着、当時の歌舞伎の指定演目となってたそうです。簡単なこの芝居の趣向はこちらのブログにあります。

さてこの方も菩提寺日蓮宗で浅草森田町の地に、真如院日理上人によって創建された春慶寺がそうです。江戸時代から「押上の普賢さま」と称され、特に辰年、巳年守り本尊として多くの参詣人が詰めかけたそうです。

現在、境内には「鶴屋南北の墓」が残されていて、文政12年11月27日に亡くなった南北の葬儀は翌年に行われますが、深川の黒船稲荷の自宅からこの寺まで、裃をつけた役者衆の長い葬列が続き、参列した大勢の人々には、竹皮に包まれた団子がふるまわれ、生前あらかじめ書き上げた自らの葬いをめでたい萬歳に仕立てた「寂光門松後萬歳」(しでのかどまつごまんざい)の台本が配られたというエピソードが残されてます。

この最後の作品は、自分自身を風刺化した自虐の笑いに溢れた「作品」だったそうです。

こういう作家さんも大石寺からはぜったい出ませんね、なにせ恨み・怨霊、幽霊とかの題材を扱うと謗法だし、しかも憎き日蓮宗を信仰してたら絶対ダメ出しされそうですもんね。