正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:不受不施派にもなれなかった

大石寺では室町時代から江戸時代にかけて日蓮系の勝劣派が時の幕府や権力者に諫暁した事実が随分疎ましく、江戸期には自分たちは受不施派として書類を寺社奉行に上申しているに関わらず、そのことを絶対認めないようです。

◎「不受不施」の「不受」とは、謗法の供養を受けないということである。
この「不施」には、謗法に供養(財施)をしないという財施の「不施」と、謗法の人のためには御祈念をしない、読経・唱題をしないという出家の法施の「不施」とがある。

日蓮宗不受不施派日蓮講門宗も、五老僧の中の日朗の流れを汲む門流であり、日興上人が、
「本迹一致の修行を致す者は師子身中の虫と心得べき事」
と『日興遺誡置文』に厳しく戒められた本迹一致の邪義を立てている。

◎不受不施では、何が謗法に当たるかについて様々に議論し、それぞれの説によって分派したり、変更したりしたが、これなども、相伝に有らざれば知り難し」
と仰せられた宗祖大聖人の相伝がないための我見から成り立っている証拠である。

◎本尊も教義も宗祖大聖人に背反し、しかも異常な戒律主義をもって非合理的で非人間的な信仰形態を強要する不受不施信仰は、人々を救うどころか、民衆を不幸に陥れる邪宗教なのである。(日蓮正宗機関誌!大白法・平成7年9月1日刊(第439号)仏教各宗破折

 ま、いつものテンプレ反論で、本尊が仏像だとか、相伝がないとか、法華経の解釈が違うとか、自分たちが何百年も権力の言いなりになっている事はシカトで、相手の欠陥の重箱ツツキしているんですが、それでは何故に出し惜しみせずに室町期や天文法華の乱の時、信長の安土宗論、また秀吉の千僧供養、家康の江戸城で行われた身池対論の時に、我こそは正統正義の門流であると出ていかなかったんでしょうね(笑)

それらが沈静化した、後からならなんでもいえますからね。