正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:受不施派の面目

日蓮系は、不受不施義を貫いていましたが、戦国時代から江戸期まで、一揆などに宗教が関わることが多くなり為政者による宗教弾圧や宗教規制が激しくなるに連れ、どの時代でも日蓮系とキリスト教、そして浄土系は目をつけられました。

ようやく安定した時期になった徳川幕府からは不受不施派を標榜する日蓮系は禁制宗門になり僧侶や寺院が、当時の大名や為政者からの供養を拒否するのが難しくなりました。
他宗信仰の大名や地頭の領地にある寺院であるのに、領地でとれた米を喰わず、他宗からの施しは受けないということが厳しくなってきたからですね。

特に家康は天台宗と浄土宗の信仰を持つ将軍ですから、日本全土に渡って、その領地にいることが大石寺の宗義と矛盾することになります。

特に富士系と言われた富士五山も対応に苦慮して寄進を拒否するのか、という圧力が強くなってきました。そしていつもは不相伝の輩と罵る大石寺北山本門寺西山本門寺、妙蓮寺等と協議の上で以下の文面を出してます。公儀に提出した証文は次のとおり。

「一、指上げ申す一札の事、御朱印頂戴仕り候儀は御供養と存じ奉り候、此の段不受不施方の所存とは格別にて御座候、仍つて件の如し。
  寛文五年巳八月廿一日
本門寺、妙蓮寺、大石寺
  御奉行所」(『富士宗学要集』第八巻)  

この文書提出以降、大石寺は幕府より下される寺領などを御供養であるとし、謗法の将軍が治める土地の上で、謗施を受けて寺領維持に臆面もなく生活することに徹しています。

それは明治以降現代でも同じで、国が定めた宗教法人の恩典を享受し、国家諫暁はいまは民衆主権の時代だからと言いながら、僧侶が表に出ることなく信者にハッパをかけることが本宗の折伏だとしています(笑ってしまいますね)。