正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:ヒッキーの折伏。

大石寺とその信者団体であった創価学会が袂を分かってから、もう既に二十数年経過しています。ほとんど同門の揚げ足の取り合いで、どちらが正しいとかではなく、間違いを提示指摘してなんとなくこちらが正しいだろうという論法で、ずっとこの調子ですが、未だに大勢は在家団体の創価学会のほうが有利です。

で、大石寺って折伏の宗派と言う割に坊さんが表に出ることはなく、いっそのこと教団の最高幹部同士の法論で決着すればいいと思うのですが、全くその気配はありません。で、その団体を切った人の弁ですが。

「それが、別の本尊とか別の信仰をするようになったならば、それはそのまま創価学会の崩壊です。そのときには宗門の全部が精力的に歩き回って、全員を救うべく折伏をしなければならないと思います。しかし私は、そういうことは無いと確信します。」 (阿部日顕・昭和五十四年十月十日・全国宗務支院長会議)


『私は言うのですが「もしも信仰的に創価学会が独立するというのならば、独立してもらえば良い」ということです。そのときには我々は、法主が陣頭に立って、徹底的に創価学会の全体を折伏して、改めて大折伏戦を日蓮正宗から展開すれば良い。(中略)宗門の全部が精力的に歩き回って、全員を救うべく折伏をしなければならないと思います。』(阿部日顕・昭和五十四年十月十日 於宗務院)

ここでは勇ましいこと残しているんですが、これは昭和54年ですから第一次教義問題が収まったあとの発言ですので、波風は収まっているのを見てからの発言ですね。

その法主さんですが、もし違背があれば「法主が陣頭に立って」と宣っていますけど、平成の教義戦争ではそんな事実もなく、不名誉な裁判など何度も起こされて、とうとうこの方は引退したようです。

そして、この先頭ですが折伏は信者の法華講頼みで「宗門の全部が」というのは、坊さんは引きこもって宗内でのみ威勢のいいこと言って、信者のケツを叩き各戸を回らせる意味だったというオチですね。