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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:広宣流布ビジョン・5

日蓮さんが提唱した義農の世に登場する三皇とは、伏義(ふつぎ)、神農、黄帝のこととされていますが、中国の神話伝説だけ有って、この三皇についてはそうは簡単に固定していないようです。

三皇については諸説あるが、以下のような5説がよく知られている。
天皇・地皇・泰皇(人皇ともいう) - 前漢司馬遷史記』秦始皇本紀において皇帝という称号を定める文脈でこの三皇が挙げられており、泰皇の「皇」と「帝」号を組み合わせて皇帝としたと伝えられている。ただし、ここでは「三皇」という語でまとめられていない。注釈である唐の司馬貞『史記索隠』では泰皇=人皇としたり、天皇・地皇・人皇を三皇としてその前に泰皇がいたとしたりする。司馬貞が補った『史記』の三皇本紀(補三皇本紀または補史記という)では三皇を伏羲、女媧、神農とするが、天皇・地皇・人皇という説も並記している。


◎伏羲・神農・女媧 - 『春秋緯運斗枢』(『風俗通』皇覇篇に引く)。唐の司馬貞補『史記』三皇本紀もこれを継承する。
◎伏羲・神農・燧人 - 『礼緯含文嘉』(『風俗通』皇覇篇に引く)
◎伏羲・神農・祝融 - 後漢・班固『白虎通』号篇
◎伏羲・神農・黄帝 - 西晋・皇甫謐『帝王世紀』


最初に表れるのは天皇・地皇・人皇という天地人三才に由来する抽象的な存在であるが、後には人類に文明をもたらした文化英雄が名を連ねる。これらは前漢末から隆盛した神秘主義的な讖緯思想によって半獣半神の姿をした神として描かれている。なお伏羲と神農に関しては早く『周易』繋辞下伝に卦を使って文明をもたらした聖人として黄帝・堯・舜に先行する存在として描かれているのであるが、これを三皇に入れ、三皇を歴史的な帝王として五帝の前に置くことが固定化するようになったのは魏晋以後のことと考えられる。(ウィキペディア三皇五帝

日蓮さんの三皇は『帝王世紀』のようですが、他にも色々あり時代によって諸説生まれたようですね。
これだけみても根拠なしに等しい三皇定義ですけど、元が道教土地神話なのに日蓮さんって、マジ顔でユートピアが出現するんだと、時の権力者に進言したってことになる相当イタい人ですね。
幕府には中国に精通した人もいたので、義農の世云々の箇所見たら、頭がお花畑の人だと、こりゃ無視されますな。