読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:祖師違背でも馬耳東風

僧侶の妻帯は何度も取り上げてきましたが、西村正雅氏のことは前に触れました。ところが10月のこの記事以降にもまだ余罪が有ったようで、この掲示板で三件目が暴露されています。これではこの方は、暇があればこういうことをして常態化していたと勘ぐられても仕方ないですが、元は大石寺の明治以降に発布された妻帯お構いなしに阿諛追従した結果に有るわけです。

「夫れ常啼(じょうたい)菩薩は東に向つて般若を求め善財(ぜんざい)童子は南に向いて華厳を得る雪山(せっせん)の小児は半偈に身を投げ楽法梵士(ぎょうぼうぼんじ)は一偈に皮を剥(は)ぐ、此等は皆上聖大人なり其の迹(あと)を撿(かんが)うるに地・住(じゅう)に居(こ)し其の本を尋ぬれば等妙(とうみょう)なるのみ・身は八熱に入つて火坑(かきょう)三昧を得・心は八寒に入つて清凉三昧を証し身心共に苦無し、譬えば矢を放つて虚空(こくう)を射(い)石を握つて水に投ずるが如し。 今、常忍貴辺(きへん)は末代の愚者にして見思未断(けんじみだん)の凡夫なり、身は俗に非ず道に非ず禿居士(とくこじ)心は善に非ず悪に非ず羝羊(ていよう)のみ」(忘持経事)

この常忍というのは富木常忍さんのことで日蓮さんが幼少の頃から親族で経済的な面倒を見てた一族の嫡男です。幼馴染であったことから、日蓮は物言いに謙譲しているところもありますが、この富木常忍さんが妻帯したまま入道すると通知してきたので、この赤文字箇所で在家出家者は厳しく「身は俗に非ず道(出家のこと)に非ず禿居士(とくこじ)」だと言われています。

頭を剃っただけの人のことを禿居士というらしいですが、富木常忍さんも随分なことを言われてます。この文章の羝羊とはオスの羊のことで本能にまかせて生きる凡夫などにをたとえることなんですが、妻帯して欲望のままということを揶揄してるんですね。

で、大石寺の僧侶はいつの間にかなし崩し的に出家者が妻帯するようになったんですが、それって開祖さんが禿居士、羝羊と批判した行為なんでしょうが、大石寺系のブログや掲示板では「そもそも日蓮大聖人様の時代に妻帯僧はいます。」と強弁してますけど、こういう遺文は読まないように黒く塗りつぶしているんでしょうかw?